昔話(1)

過疎化が進んだある村で、ある夏ひとりの男の子が生まれました。
その名を幸男と言いました。
さらにその年の暮れには、女の子が生まれました。
彼女は風子と名付けられました。
その村にとって待望の子供であったので、二人はたいそう可愛がられていました。
物心つく前から幸男と風子はいつも一緒で、河原で遊んだり、もらったお菓子を食べたり、字を習って過ごしていました。
ところが、彼らの性格は真反対に育ったようで、幸男は生まれながらに明るく、雲ひとつない空のような性格をしていましたが、風子は心配性で、臆病で、喜怒哀楽の哀を象徴したような子でありました。
彼らが小学校に上がって間もない頃、村にはひどい飢饉が起こりました。
干上がって行く土地で作物は瞬く間に枯れ、村人たちは食料を失い、なかには栄養失調出なくなっていくひともいました。
それでも、幸男は森で蛇を捕まえ焼いたり、歌を歌ったり、踊ったり、毎日楽しく過ごします。
その明るさに励まされる村人も幾人かいましたが、飢饉はかつてないほどひどく、徐々に不穏な空気が村全体に立ち込めました。
そして幸男の言動は村人の反感を買うようになっていきました。
家まで押しかけてきて、こんな状況で歌や踊りをするんじゃないと怒るものまでいたそうです。
風子は、この時分ほとんど泣いて暮らしていました。
村の大人たちは、泣かない性分であったがこの時ばかりは風子と同じかそれ以上に大きな声で泣きました。
幸男は自分だけ仲間外れのような気持ちになりましたが、人々の悲しい気持ちがさっぱり理解できませんでした。
長い長い飢饉もようやく終わりに近づいた頃、風子は病に倒れました。
村のお医者様が駆けつけましたが、風子は寝たきり状態となってしまいました。
村はより一層暗くなり、幸男はより孤立していきました。
幸男は人々の悲しさに共感したいと思いました。
ですから、飢饉の辛さを忘れぬために毎晩汁物のみを口にしました。
自死したものの苦しさを忘れぬために毎月遺書を書きました。
風子の痛みを知るために幸男はいろいろなことを試しましたが、さっぱりでした。
幸男は小学校を卒業する前に、この村を一人出て行くことに決めました。