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スマイルおじさん

 これは大学時代の後輩のAくんから聞いた話だ。
 
「俺んち、父親が転勤族だったから小学生の頃に何回か転校してるんです。色々と大変でしたけど、俺は父親のこと大好きだったから、一緒にいられて嬉しいって気持ちのほうが大きかったですね。で、●●●ってところに引っ越したときのことなんですけど、そこに名物おじさんがいたんです」
 小学校の正門を出てすぐにある公衆電話ボックスの横が、おじさんの定位置だったという。
 月曜から金曜まで、雨の日でも雪の日でも、子供たちが登下校の時間は必ずそこに立ち、いつも笑顔で「いってらっしゃい」、「おかえり」と挨拶をしてくれる。
 学校の先生や見守り活動を行う保護者もおじさんのことを知っており、町の人たちはみんな親しみを込めて“スマイルおじさん”と呼んでいた。
「一度だけ早めに登校しておじさんを観察したことがあるんですけど、マジでずーっと笑顔なんですよ。低学年の子がふざけてそこら辺に生えてる草を投げつけたりしても、全然怒んなくて。俺なら絶対ブチギレるって思いましたね」
 
 生き物係を担当していたAくんには仕事が二つある。一つはクラスの花壇の水やりと、もう一つはうさぎ小屋の掃除だ。
 仕事は放課後行うことになっており、うさぎ小屋の掃除は全学年での当番制だった。
「その日はちょうど俺のクラスがうさぎ小屋の掃除当番でした。本当なら友達と二人でやるんですけど、そいつが風邪で休んでたので、俺一人で全部終わらせました。けっこう時間がかかって、帰る頃にはスポーツクラブに入ってる生徒しか残ってなかったんじゃないかな」
 17時を告げるチャイムが鳴り、早く帰ろうとAくんは足早に校庭を進んでいく。
 今日の晩ご飯を予想しながら正門をくぐったところで、公衆電話ボックスの横に誰かが立っていることに気がつく。
 目を凝らすと、スマイルおじさんが笑顔でこちらを見ていた。
「こんな時間にもいるの?ってびっくりしましたよ。たぶん、スポーツクラブの子供たちを待っていたんだろうけど、ちょっと不気味でした」
 家に帰るには公衆電話ボックスの前を通らなければならない。
 おじさんを意識しないよう、Aくんは自分の足元を見ながら歩みを進めていく。
 大体20歩ほど歩いたところで、視界の端に公衆電話ボックスが見えた。
「そのまま通りすぎようとしたら、おじさんが『おかえり』って声をかけてきたんです。いつもならただいま〜とか、こんにちは〜って返事するんですけど、そのときは怖さと気味悪さが勝って、無視しちゃいました。そしたら、いきなり右腕をガッと掴まれたんです」
 驚いて振り向くと、そこには鬼のような形相でAくんを睨むおじさんがいた。
 おじさんは唾を飛ばしながら声を荒げる。
 
「なんで挨拶しないんや!」
「挨拶はちゃんとせなあかんやろ!」
「はやく挨拶せえ!」
 
 Aくんは震える口を必死に動かして「ただいま」と呟く。
 次の瞬間、おじさんはいつもの笑顔を浮かべていた。まるで今起こった出来事が幻だったかのように。
 右腕を掴んでいた手が離れると、Aくんは走ってその場から逃げた。
 
「そんなことがあって、次の日からは正門じゃなくて裏門を使うようになりました。遠回りになっちゃうけど、おじさんに会うよりはマシだったんで。そのあと一年くらいでまた転校しちゃいましたけど」
 
 あの町に残っているクラスメイトから聞いた話だが、スマイルおじさんは今も公衆電話ボックスの横に立ち続けているという。