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たたずむ陰

 これはAさんが撮影部に入りたての頃の話だ。
 
 当時、Aさんはカメラアシスタントとして働いていた。
 その日は屋外での撮影で、先輩の指示通り準備をしていると、少し離れた場所に微動だにせず立っている人がいることに気がつく。
 髪は長くもなく短くもなく、服装はシャツとパンツどちらも暗い色で揃えられていた。俯いているため顔は見えず、Aさんはその人が男性か女性かわからなかったという。
「撮影場所って毎回変わるし、一日で何箇所も回ったりするけど、どこに行ってもその人がいるんです。最初はおかしいなって思いました。でも、こっちに近づいてきたりスマホで撮ったりすることもなくて、みんな気にしてないから、僕もそのうち気にならなくなっていきました」
 
 それは初めてカメラを触った日のこと。
 休憩時間に練習がてら実景撮影をやってみないかと先輩に言われ、Aさんは二つ返事で承諾する。出演者のいない風景や建物だけの撮影だったが、それでもカメラに触れることが嬉しかった。
 緊張しながらも順調に撮影していると、いつものように少し離れた木の陰にあの人が立っていた。
 Aさんは少し迷って、カメラの向きを変えた。
「ただの興味本位だったんです。いかにも風景を撮ってますよ〜って感じで、その人が映るようにカメラで撮影しました。後から編集でカットしやすいよう、最後の方にちょこっとだけですけど」
 
 夕方、会社に戻ったAさんは、すぐに自分の撮影した映像を確認しようとノートパソコンを開く。SDカードを差し込み、該当するデータをクリックすると、昼間に撮った実景が映し出された。
 スペースキーを押して映像を再生する。
 まだまだ荒削りではあるが、初めて自分で撮影した映像を見て、Aさんは少し泣きそうになった。
 映像は終盤に差し掛かり、そろそろかなと思ったところで画面が真っ暗になる。
 あの人が映っていない。
 見逃したと思ったAさんは映像を少しずつ巻き戻してみる。だが、何度繰り返し再生してもあの人の姿がない。
 今度はコマ送りで見てみようとしたAさんだったが、缶コーヒーを持った同期が「お疲れ〜」と声をかけてきた。どうやら一仕事終えてきたところらしい。
 彼はAさんとは違う先輩のカメラアシスタントをしている。ひょっとしたら何かわかるかもしれないと思ったAさんは、彼にあの人のことを聞いてみた。
「なあ、屋外撮影でいつも現場に現れる人のことって知ってるか? 今日、実景撮影の練習をしたときに、試しにその人を撮ってみたんだよ。でも、映像を見てもどこにも映ってなくてさ」
 その言葉を聞いた同期は、困惑の表情を浮かべる。
「お前、もしかして何も聞いてないのか?」
 首を傾げるAさんに、同期はまるで内緒話をするかのように言った。
 
 あれに近づくな、話しかけるな、この世にいないものとして扱え。
 
 それはカメラマン志望として撮影部に配属されたとき、先輩から最初に伝えられる最重要事項だという。
「それを聞いてやばいって思いました。だって、カメラで撮影するってことは、“この世にいるものとして扱う”ってことじゃないですか。なんで教えてくれなかったんだって先輩に怒鳴っちゃいましたよ」
 その後、Aさんは急いで映像を編集し、あの人が映っていたであろう部分を削除した。霊感があるわけでもなく、幽霊を信じているわけでもなかったが、そうしなければいけないと思った。
 
 あの日以来、Aさんはあの人を徹底的に無視するようになった。まるでそこには何も存在しないかのように。
「今もその人が現れるのかって? どうなんでしょう。けっこう前に部署を移動したので、僕にはちょっとわからないです。すみません」
 
 この話を聞いてすぐ、Aさんは会社を辞めてしまった。
 私もまずいことになりそうであれば、そのときはこの記事を削除しようと思う。