![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/159894296/rectangle_large_type_2_76e32b9ed94c8d3a5dee17cf86141575.jpeg?width=1200)
購買部
これは従兄弟のAくんから聞いた話だ。
Aくんが通っていた中学校には購買部があったという。
「職員室のすぐ横に、引き違い窓と木のカウンターが設置されてるんだよ。テイクアウト用の小さなカウンターみたいな感じのやつ。そこで文房具とか上履きとか、あと制服のボタンも売ってた」
購買部を利用できるのは月、水、金の週三日。時間は始業前、昼休み、放課後のそれぞれ10分間のみ。販売するのは全クラスから2名ずつ選ばれた購買委員の生徒で、1年1組から順番に一日交代で担当が回ってくるようになっている。
Aくんが購買部員になったのは2年生の後期だった。
「前期はあみだくじで図書委員になったんだけど、後期は友達が俺と2人で購買委員をやるって立候補して、それで決まったんだ。まあ、他に希望する委員会もなかったし、いいかなと思って」
金銭を扱っていることもあり、購買部室の入り口は職員室の中にある。
部屋の壁は一面コンクリートで、照明は電球ひとつのため常に薄暗く、広さはおよそ4畳ほどしかない。そこにスチールラックの商品棚が置かれているため、かなり窮屈に感じたという。
そして、奥にもうひとつ部屋があった。
同じように4畳ほどの広さで、商品倉庫として使われている部屋だ。購買部室と倉庫の間にドアはなく、代わりに紺色のカーテンで仕切られていた。
「最初はわからないことも多かったし、2人で作業をしてたんだけど、そのうち俺が会計係、友達が倉庫の整理とか補充をする係になったんだ。俺、数学が得意だからお釣りの計算が早くて、それで自然とそうなったんだよね」
その日は連休明けで、朝から購買部を利用する生徒が多かった。
廊下には順番待ちの列が出来ており、Aくんはお釣りや商品の渡し間違いがないよう注意しながら、いつもよりスピードを上げて対応していた。
「ごめん。消しゴムがほしいんだけど、大きいのでも大丈夫?」
目の前の生徒は申し訳なさそうに一万円札を出してきた。面倒だなと思いつつも、Aくんは笑顔で頷き、キャッシュボックスの中からお釣りを取り出そうとする。
そのとき、背後からすっと腕が伸びてきた。手には新品の消しゴムが握られている。忙しくしていたからか、商品倉庫で作業をしていた友達が、わざわざ商品棚から取ってくれたらしい。Aくんは前を向いたまま、後ろにいる友達に聞こえるように「ありがとう」と呟き、消しゴムを受け取った。
なんとか列を捌き切り、釣り銭の集計を行なっていると、商品倉庫から友達が戻ってきた。
Aくんは作業を続けながら、友達に声をかける。
「さっきはありがとな」
「え? なんの話?」
「ほら、俺が会計中に商品棚から消しゴム取ってくれたじゃん。ちょうど一万円出されて大変だったからさ、助かったわ」
「……俺、ずっと倉庫にいたけど」
Aくんは思わず手を止め、友達のほうへ視線を向ける。その顔は嘘をついているように見えなかった。
その後、特に何かが起こることはなく、購買委員としての活動は終了した。
この出来事は、高校生になった2人の話のネタになっているという。