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おばあちゃんち
小さい頃、おばあちゃん家の寝室が怖かった。
廊下の突き当たりにある寝室は、常にカーテンが閉まっているせいで昼間でも薄暗く、気味が悪かったのを覚えている。
その日はたまたま学校が休みで、私は母に連れられておばあちゃんの家に向かっていた。どうやら掃除をしにいくらしい。
おばあちゃんは物を捨てられない人で、玄関には不要な郵便物が山のように積んであったり、台所には賞味期限切れの食べ物や調味料がところ狭しと並んでいるのが当たり前だった。
そんなおばあちゃんの家がゴミ屋敷にならないよう、定期的に掃除をする。それが母の仕事の一つでもあった。
おばあちゃんの家に到着すると、母はすぐに掃除用のエプロンを身につけ、奥の部屋へ消えていく。
いつものことで慣れているのか、おばあちゃんはリビングのソファに腰掛け、よくわからない石鹸を紹介するテレビショッピングを真剣に見ている。
何もすることがない私は、テレビの真上に飾ってある写真や賞状をぼーっと眺めていた。
すると、台所につながる引き戸が開き、母がひょっこりと顔を出す。
「マナミ。ヒマなら寝室に散らかってる洋服をこっちに持ってきてくれない? たぶんいっぱいあると思うから、洗面所にある洗濯カゴを使ったほうがいいかも」
私はそのお願いを拒否しようとした。寝室に入りたくなかったからだ。しかし、「マナミちゃんもお手伝いしてくれるの? ありがとうねぇ」と笑うおばあちゃんを見ると、何も言えなかった。
今まで寝室に入ったことがあるのは一度だけ、幼稚園生になって初めておばあちゃんの家にお泊まりをしたときだった。
まだ怖いという感情がよくわからない歳だったが、それでも「ここにはいたくない」と思ってすぐに部屋を出て行った記憶がある。
寝室の扉は襖になっており、両手で少し持ち上げながら横に引くのがコツだと前に母が教えてくれた。
ゆっくり襖を開けると、初めて見たときとまったく同じ空間が広がっていた。カーテンが閉め切られているせいで室内は薄暗く、どこかひんやりとした空気が漂っている。
電気のスイッチを押しても明かりはつかなかった。後から聞いた話だが、「寝るだけだから電気はなくても大丈夫」とおばあちゃんが言っていたらしい。
カーテンを開けようにも、当時の私の身長では壁の高い位置にある窓には届かない。
早く終わらせてここを出よう、そう考えた私は床に散らばっている服やタオルを急いで拾っていく。思ったよりも量があり、寝室にくる前に洗面所から持ってきた洗濯カゴが役に立った。私は母に心から感謝した。
寝室をぐるっと一周し、他にも洗濯するものがないか確認するため辺りを見回すと、あることに気がつく。
ベッドの上にある布団がこんもりと盛り上がっている。
普通なら布団の下に服や枕が隠れているだけだと思うだろう。しかし、私にはそう思えなかった。盛り上がっている布団が、わずかに動いたように見えたからだ。
もしかしたら洗濯カゴを取りに行っている間におばあちゃんが寝室にきて、そのまま寝ちゃったのかも。そのことに気づかなかっただけだ。きっとそうだ。
そうやって自分を納得させようとしたとき、大きな声が私の耳に届いた。
「マナミちゃん〜、お昼ご飯はなにがいい〜?」
おばあちゃんの声は、寝室の外、リビングの方向から聞こえた。
その後のことは曖昧だ。
気がついたら帰りの車の中で、ルームミラー越しに母が心配そうに私を見ていたから、よほど酷い顔をしていたんだと思う。
数年後、おばあちゃんの家をリフォームすることになった。
薄気味悪かった寝室は、まるでモデルルームのような清潔感のある部屋に生まれかわった。
あの日、私が見たものはなんだったのか、今でもわからない。