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待ち合わせ

 これは照明部のAさんから聞いた話だ。
 
 土曜の夕方、待ち合わせ場所の駅はたくさんの人で混雑していた。
 Aさんは邪魔にならないよう改札横の空いているスペースに移動し、バッグからスマホを取り出す。画面には新着メッセージの通知が来ている。
 それは約束をしていた彼氏からで、10分ほど遅れることへの謝罪と、お辞儀をしている猫のスタンプが送られてきていた。
「私も彼もよく遅刻するので、そのときはいつものことかって思いました。彼が来るまで暇だから、好きな芸人さんの動画を見ながら待ってたんですけど、そしたら突然肩を叩かれて。最初は彼が来たのかなって思ったけど、顔を上げたら知らない男の人でした」
 男は「久しぶり、元気してた?」と、まるで知り合いのように話しかけてくる。すぐにナンパだと気づいたAさんは、男を無視してスマホに集中することにした。
 しかし、男はめげずに話し続ける。近くの美味しい居酒屋や、おしゃれで女性に人気のバーなど、様々な誘いの言葉にAさんはうんざりしていた。
「あまりにもしつこいからイライラしてきちゃって。それで、友達と一緒にいるフリをすることにしたんです。ほら、たまにドッキリとかであるじゃないですか。本当は一人なのに、見えない友達と一緒にいる演技をして相手を怖がらせるってやつ。あれをやったら、私をヤバイやつって思うか、幽霊がいると信じて離れてくれるんじゃないかなって思ったんです」
 
 流していた動画を止め、顔を上げる。男は反応があったことに手応えを感じたらしく、どこか余裕そうな笑みがうざったい。
 Aさんは誰もいない自分の隣の空間を意味ありげに一瞥すると、男に視線を戻す。
「私たち2人分奢ってくれる? それならいいよ」
 その言葉に、男はわかりやすく困惑した表情を見せた。もしかしたらホラーが苦手だったのかもしれない。
 Aさんは笑いそうになるのを必死で堪えながら、誰もいない空間を指差してダメ押しする。
「この子も一緒ならいいよって言ってるんだけど」
 至って真面目な顔で、『私は正常です』という雰囲気が出るように演技する。
 すると、男は引き攣った笑みを浮かべながら後退り、そのまま足早に人混みの中に消えていった。
 
 我ながらいい演技だったなと満足していると、男が消えた方向から彼氏がやってくるのが見えた。
「あれ、一緒にいた人は?」
 合流するなり、彼氏はAさんにそう尋ねる。さっきの男のことを言っていると思ったAさんは、あんたが遅刻したせいでしつこいナンパにあったと冗談まじりに文句を言ってみた。
 しかし、彼氏は首を傾げてこう言った。
「でも、一緒にいたのって女の人だったじゃん」
 
 彼氏の話では、駅でAさんを見つけたとき、Aさんの後ろにもう一人女性が立っていたという。その女性がAさんの肩に手を乗せていたため、てっきり友人か知人だと思ったらしい。
「そんなことあるわけないじゃんって思ったんですけど、彼が絶対見たってムキになるから、私も引けなくなって……それで喧嘩になっちゃいました。あ、ちゃんと仲直りしたので、そこは大丈夫です。でも、彼の見たことが本当なら、私のついた嘘が現実になったってことじゃないですか。それって、なんか気持ち悪いですよね」
 
 それ以来、Aさんは駅で待ち合わせするのを避けるようになったという。