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床の間の人形

 これは広報部のAさんから聞いた話だ。
 
 学生の頃、Aさんには追っかけをしているアイドルがいた。
「私が通ってた高校はアルバイト禁止だったんですけど、みんな隠れてやってたし、私もしてました。だって、特典のためにCDは全形態買わないといけないし、毎月どこかの雑誌に載るからそれも買わないといけない。それにプラスで、チケット代にグッズ代、交通費や宿泊費もかかる。あの頃の私は、とにかくお金が必要だったんです」
 お金がかかるのは好きなアイドルに関するものだけではない。年頃の女の子なのだから、放課後に友達とカフェでお茶したり、化粧品や服を買いにいったりもしたい。Aさんは節約のために削れるところを削りながら、それでも楽しく推し活をしていたという。
 
 夏休み後半に差し掛かったときのこと。
 友人と県外のコンサートに参加するため、Aさんは初めて民泊を利用することになった。
「当日は朝から物販に並びたかったので、現地に前乗りすることになったんです。コンサート終わりはいつも夜行バスで帰るから特に考えなくていいんですけど、前日はどこに一泊しようかって話になって。会場近くのホテルは高いし、ネカフェとかもなかったので、安いし民泊でもいいかってことで決まりました」
 コンサート前日の夜。ファミレスで夕食をとり、指定された住所に向かうと、2階建ての大きな一軒家が立っていた。オーナーは母親と同い年くらいの女性で、笑顔で2人を迎えてくれた。
「案内されたのは2階の和室でした。たぶん6畳くらいだったかな。けっこう広くて、想像より全然綺麗でした。布団はすでに用意されてて、2階の和室とお手洗い、あと1階のお風呂場は自由に使っていいって言われました」
 
 2人は順番にお風呂を済ませると、どちらの布団で寝るかジャンケンで決めることに。
「私、どうしても奥の布団で寝たくなかったんです。その和室には床の間があったんですけど、鍵の付いた小さな金庫と、五月人形が置いてあるんです。その人形がなんだか気味悪くて……奥の布団だと頭のすぐ上に人形がきちゃうから、できれば近くで寝たくなかったんですよね」
 無事ジャンケンに勝ったAさんは、すぐに入り口側の布団に潜り込む。友人も奥の布団に入ると、移動の疲れもあったのか、2人はあっという間に寝入ってしまった。
 
 たぶん、夜中の1時くらいだろうか。Aさんはふと目を覚ました。
 暑苦しいとか、お手洗いにいきたいとか、そんなことは全くない。ただ、どこからか視線を感じる。
 一体どこからだろう。きょろきょろと部屋の中を見回していると、ある場所で止まる。床の間だ。
 部屋の中は真っ暗で何もわからないのに、あの五月人形に見られているとAさんは確信した。不思議なことに、そのときは気味が悪いという感情は全く湧かなかったという。
 
 Aさんは暫く床の間から目を離せずにいたが、いつの間にか眠ってしまったらしく、朝の5時に友人に揺り起こされた。
 床の間の人形は、昨日と全く同じ状態でそこにあるだけだった。
 
「そのあとはオーナーに挨拶して会場に向かったんですけど、びっくりするくらい良いことばかり起こったんです。購入したトートバッグにサインが書いてあったり、席が花道の横で推しにファンサして貰ったり、サインボールが飛んできたり。友人にも『あんた一生分の運使ったんじゃないの?』って言われました。それで、なんとなくですけど、あの五月人形が運を分けてくれたんじゃないかって思ったんです」
 
 翌年、Aさんはもう一度同じ民泊を利用しようとしたが、いくら検索してもあの宿は見つからなかった。
 もう家の外観もオーナーの女性も思い出せないが、五月人形の顔だけは今でもはっきりと覚えているという。