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蟹江敬三さんにインタビューした話

映画ライターになって主に旧作邦画を担当していた頃、長らく行方不明になっていた曽根中生監督が突然現れたという出来事があった。監督が記者会見を開くというので、わたしも大分まで取材に行ったりした。その数奇な人生を巡って、記事や本にしようと動くライターがいるのも当然だ。

ある日、「まったく映画は詳しくないけど、監督に興味があって」取材をしているという、50絡みの男性ライターさんから連絡が来た。曽根監督の代表作である『天使のはらわた 赤い教室』の主演である、蟹江敬三さんにインタビューが出来ることになったので、知恵を借りたいとのことだった。

蟹江さんは曽根監督の映画は『夕ぐれ族』にも出ていたけれど、その2本で30分ほどの取材を持たせるのは難しそうだ。それにロマンポルノの話が伺えるなら、ぜひ神代辰巳監督のことも聞きたい。わたしが「曽根監督以外のロマンポルノの話も尋ねて良いか」を確認すると、そのライターさんは「どうぞどうぞ、何を聞いてもらっても構わないから」と言った。

わたしは子どもの頃から蟹江敬三さんのファンだったので、取材をする喫茶店にラフな服装で現れた蟹江さんを見て、それだけで大感激していた。喜びでにやける顔を抑えつつ、曽根監督について質問を始めたら、やはりあまり覚えていらっしゃらなかった。『夕ぐれ族』は出演した記憶もなかった。それに恥ずかしさもあったかもしれず、あまり言葉が進まないようだった。

すぐに『天使のはらわた 赤い教室』の話が終わってしまったので、わたしが「ちょっと他の監督のことも伺いたいんですが、神代辰巳監督作品にも……」と話し出したら、隣にいた中年の男性ライターが、「ツッ!」というような音を口で立てながら、わたしに向かって犬でも払うように手を動かした。(ん?)と思ったが、尋ねていいと言われていたから、また他のロマンポルノ作品の話を始めようとしたら、そのライターは同じ動作を繰り返した。蟹江さんの女性マネージャーも「今日は曽根監督の話ですよね?」と、怪訝そうにしている。

わたしは隣の人物に対し(ああ、この野郎使えねえ)と思った。全然正確に話を通していない。インタビューも懸念した通り、話はすでに終わってしまっている。それに最初の電話では大変下手に出て、「なんでも聞いてください」と言っていたのに、今のわたしの制し方などは、おそらく「部下の女性を連れてきて、勝手な発言をさせない俺」アピールをしているんじゃないかと感じた。

けれども隣のオヤジは映画を本当に知らないので、わたしが黙った代わりに「昨日も蟹江さん、NHKのドラマに出てらっしゃいましたよねえ」と言い出した。いや、ドラマって。さらに遠ざかってどうするんだ、と思っていたら、マネージャーさんは短気な方らしく、DVDが連絡もなく発売されることに関して許諾の文句を語りだした。隣のおっさんはあたふたしながら応対していた。

わたしは呆れつつ、蟹江さんに今の状態について簡単に経緯とお詫びをお話してから、改めて「子どもの頃からすごくファンで本当に嬉しいです。特に『Gメン'75』の望月源治の役が大好きで」と訴えた。望月源治は冷血無慈悲な殺人鬼で、鎌で人を殺したあと、まるで人間の頭部のようなスイカをガツガツ食べて、血のような汁を滴らせる。同じ顔の兄弟や親類もみんな殺人鬼だ。わたしは本当に小さい頃から、そういうものが大好きだったから仕方ない。

蟹江さんは意外そうに笑われたあと、不意に当時のお話をしてくださった。
「僕が電車に乗ってて、扉のそばの手すりの所にもたれてたんですよ。そしたら向かい側にいた男が僕に気づいてね」
そして蟹江さんは不意にぬらっと正体が掴めないような、不気味な笑いを浮かべ暗い雰囲気を漂わせた。
「『俺さ、人殺したことあるんだよ』ってその男が言ったんですよ。だから怖くなっちゃって、次の駅で慌てて降りたってことがありました」
お話の内容もとびきりステキだったが、わたしを見据えて、自称殺人犯の演技をしてくださったことが、ギャーンッ!と叫びたいほど嬉しかった。蟹江さんの殺人犯は、やはり人を食ったような笑みといい、猛烈に得体が知れなくてかっこよかった。

後日、中年ライターから、この取材も含めて曽根監督の特集記事が載った雑誌が送られてきた。相手に無理やり捻りだした話をさせて、それをもっともらしい記事にしていて、文章の包装をするのがうまいんだな、と思った。世の中にはいろんなライターがいると学んだ出来事だった。


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