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『うたのはじまり』

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窪田正孝の写真集やMr.Children、クラムボン、森山直太朗などのアーティスト写真を手がけてきた、ろうの写真家・齋藤陽道が、子育てを通して、それまで嫌いだった「うた」に出会うまでを描いたドキュメンタリー。20歳で補聴器を捨て、カメラを手にすることで、「聞く」ことよりも「見る」ことを選んだ、ろうの写真家・齋藤陽道。彼は同じくろうの写真家である妻の盛山麻奈美との間に息子を授かった。しかし、彼は聴者である息子との対話の難しさや音楽教育への疑問にぶち当たったことにより、「うた」を嫌いになってしまう。しかし、ふと自分の口からこぼれた子守歌をきっかけに、齋藤にある変化が訪れる。監督は七尾旅人のライブ映像作品「兵士A」やドキュメンタリー「ほんとうのうた 朗読劇『銀河鉄道の夜』を追って」などを手がけた映像作家の河合宏樹。(映画.comより

河合宏樹監督『うたのはじまり〈絵字幕版(バリアフリー日本語字幕付き上映)〉』をイメージフォーラムにて観賞。“ろう”の写真家、齋藤陽道さんがお子さんが生まれたことで嫌いだったうたと出会うまでのドキュメンタリー映画。
90分ない尺だけど、その時間がどこか伸びたり縮んでるように感じられたのは、声や筆談、映像に日本語字幕に劇中で流れる音楽に合わせた五線譜に描かれた絵のイメージとあまりにも多層でありつつ、それをなぜか受け入れていることで時間の感覚がいつもとは変わるからなんだろう。河合さんからすれば齊藤さんがふだんコミュニケーションしている状況を観客に疑似体験させる意図もあったのかもしれない。

齋藤さんと河合さんの筆談と声や手話も交えてのやりとり、紙にキュキュッとサインペンで書かれていく齋藤さんの文字をカメラがとらえていてそれがスクリーンに映し出される。それを観客は追いながらも書いている彼の顔や身振りも感じていく。

齋藤さんの長男・樹くんの誕生、出産シーン。生命がやってくる瞬間、長い時間、胎水と血とともに地上にやってくる新しい鼓動、母親の凄さとその生まれる時の感情がないまぜになったかのように爆ぜる光、齋藤さんがカメラのシャッターを切る音、生まれた時から残されるフィルム、そこにある色の美しさ。

齋藤さんが野外で自身の写真を波の打ち寄せるリズム、胎内のリズムと同じ感覚でフィルムを照射する際に、車に引かれた動物の写真などについて、生命が死んでいく時に目が青くなると言っていて、それすごいわかるなって思った。青と灰色の中間みたいな色合いの瞳になる。祖父が亡くなった時の輝きを失った目は青色と灰色を感じさせた。

生命が消えていく、物体として残され機能しなくなった瞳は青灰色で、それはもうどこかに視点を合わせる必要がなく、全てを視ていて全てを視なくてもいいような感じがする。

声も歌もただの振動にしか感じなかった齋藤さんが、樹くんをお風呂に入れているときに急にお子さんが「だいじょうぶ」とはじめて喋った時に、写している河合監督が「だいじょうぶ」って言ったことを伝え、齋藤さんが「だいじょうぶ」と言葉を入れて子守唄を歌い出す。耳が聞こえなくても歌い出してしまう、途中でうたを探しにいく時に齋藤さんがカメラマンとして撮影もしているミュージシャン・七尾旅人さんとの会話の中でも旅人さんが人間の原初からあるうたについて話されているのも興味深い。

そして、作中で何度も撮影シーンが使われることになる飴屋法水さん演出の聖歌隊・CANTUSの教会ライブ『光のからだ』vol.3「雪が降る。声が降る。」のシーンがインパクトもありながら、音と人の入り混じる空間が展開されていくことでドキュメンタリーでありながらも、そのライブシーンによってあえて説明をすることなく、観客にさまざま解釈を促している。

飴屋さんたち一家と齋藤家の関わりとかなんだかほのぼとしてやさしい、全員が寝転んでいるシーンはあまりにも絵になりすぎていて、フィクションである『万引き家族』のワンシーンにすら見えた。

生命が生まれ持った時に最初から持っている鼓動のリズム。声や歌が音として聴こえない齋藤さんだが、その本質としては知っているからこそ彼の撮る写真には音が宿っていて、他の誰かが撮るものとは違うものがある。だからこそ、ミュージシャンたちのライブなどの写真も依頼されるのだとわかる。それは誰にでも撮れるわけでもなく、耳が聴こえているからリズムがわかるから撮れてしまうというものでもないのだろう。コミュニケーションが幾重にもある先に、ある光の筋のように跳ねる音がフィルムに刻まれる。そして、それをフォルムに写しとるようにシャッターを押す齋藤さんを動画として写し続けることで河合監督は記録し続け、そして編集することで河合監督の解釈とリズムと光の濃淡を映像化した作品なんだと思う。

光と音の速度で祈るような、うたの響き、それは声でありリズムであり、眼差しでもあるのだろう。<絵字幕版>ではない通常版は観れていないが、多層になるといういみでも<絵字幕版>をオススメします。

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