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『おいしい家族』

ふくだももこ監督『おいしい家族』を観にヒューマントラスト渋谷に歩いていく。昨日公開で、ここで舞台挨拶もあったみたいなので、さすがに初回はお客さんはまばらだった。公式サイトを見たら『水道橋博士のメルマ旬報』チームな松崎さんもコメントされていた。『週刊ポスト』の金曜日発売の最新号でも僕は連載「予告編妄想かわら版」でこの作品を取り上げている、ということもあって観に来た。


母の三回忌で島にある実家に帰った長女の橙花(松本穂香)。船乗り場に軽トラで迎えにきた次男の翠(笠松将)はスリランカ人のサムザナと結婚していて、もうすぐ子供が生まれる。父の青治(板尾創路)は高校の校長だが、母のワンピースや服を着て生活しており、学校にも婦人服を着て行っていた。
母の服を着た父に驚きと怒りを感じる橙花だが、翠たちはそれを受けれており、さらには家に同居している和生(浜野謙太)と再婚すると言い出す。和夫は震災までは福島で漁師をしていたが、震災後には娘(だと思う、自分の子供かもしれないしそうでもないかもしれない。たぶん、母親が置いて行ったかなにか、映画ではそこまで描かれていない)のダリア(モトーラ世理奈)とこの島にやってきて、やがて知り合いご飯を食べにくるように行ってから、一緒に住むようになっていた。
父は「この家族の母になる」と言い、「母さんって呼んでいいんだぞ」と告げる。長女の橙花だけが、この事態を飲み込めていなかったが、同じように青治に不満を感じているのが、ダリアの同級生である高校生の瀧だった。瀧と知り合い、自分と同じようにおかしいと思っていることを知った橙花は喜ぶのだが、彼にはまた違う想いもあったのだった。


主人公の橙花は銀座とか東京で美容部員みたいな仕事をしている。お客さんに化粧をして、商品を買ってもらうという職業だ。この設定は最初からあったのかどうかわからないが、おそらくビジュアルにもなっている父が白無垢を着て結婚する際に化粧を施すというシーンが浮かんで、彼女の仕事も決まったのかもしれないと思った。また、劇中で彼女の化粧による「魔法」がある登場人物を救うというか大きな役割も果たすので、彼女と父との関係性から美容部員設定が決まり、そのエピソードもできたのかもしれない、まあ、逆でそっちがあってということも考えられなくもない。


東京に出ている橙花が基本的には一番多様性を認められないというか、時代遅れになりつつある感覚を持っているという差異がこの映画をおもしろくしている。島という閉じられた世界で暮らしている実家の家族はそこでの変化を当然のように受け入れている、島民たちもそういう風に描かれている。たしかにそれは一種のファンタジーに近いものだ。
閉鎖的な小さな集落やコミュニティで逸脱する目立つことをすると村八分だったり、阻害されるのは常であるからだ。だが、父が高校の校長という設定は、実は島ではもっとも頭の良い人の部類に入る存在であり、奥さんが亡くなってからそういうことをしているというのも彼らはわりと受け入れやすいのかもしれない。狭いということは細部まですぐにいきわたるということでもある。


『おいしい家族』ではある意味ではセクシャリティの拡大や解釈を描き、同時に今まで「普通」とされていた家族という形態の変化について物語っている。家族というコミュニティを成す根幹とはなにか?ということでもあり、やはり同じ食卓でご飯を食べることと、他者でありながら同胞であることを受け入れること、個人の自由を認めることでしか、幻想の中にだけあったかつての「普通」の家族像が崩壊した先に家族は存在しえないという新しい価値観をきちんと提示している。
そういう意味ではものすごくこの先の未来を見据えた新しくもあり、同時にこういう世界になれば、もっと家族で苦しんでいる人たちは苦しまなくなっていくのではないかと思える微笑ましい作品だった。

個人的には松本穂香は竹内結子に似ていると思っていて、どちらも犬顔だ。作中で橙花と和生が犬の真似をするシーンがあるのだが、ふくだ監督は松本穂香が犬顔だからあれをさせたのではないかとちょっと思っている。
もともとは『すばる』新人賞に応募して佳作になった小説が元のようなので、単行本が出たら読んでみようと思う。


昨日観た『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』の主人公のケイラの父親もそうだが、今作の青治も共に妻がいない(死別or出て行った)父だが、今までのロールモデル的な強権的な「父性」的な存在ではないというのも日米の作品だが、現在性をすごく現しているように感じられる。

二作品とも父と娘の関係性を描いているが、かつての父親像はもはやあてにもならずに、通じない世界では父は娘に絶対的な父性としてではなく、もっと寄り添った近い関係性になっている。この辺りもしっかりリアリティラインを考えられているのだろうなと思う。



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