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真鶴と食|第1回「庭のレモン」

うちの庭は広い。

「庭」というと、家の一角に庭があるところを思い浮かべるかもしれないが、うちはそうじゃない。松や桜、銀杏などの木々がそびえ立つ。

その他にも、梅や夏みかん、アケビにレモン。さまざまな「実のなる木」があって、その間を埋めるように、ユキヤナギ、紫陽花、ヤマブキ、モッコウバラ、チューリップなど四季折々に花が咲く。

さらには山菜、それに力強い雑草もめきめきと育っている。

そこに3軒の家が建つ、まるでリトルフォレストのような場所。ぐるりと歩いてまわると散歩した気分になれるこの場所は、大家さんのご両親の代から大切に世話をされてきた。

秋頃のうちの庭

2年前、初めてこの家を見に来たときに、植物を植えたり、野菜を育てたり、と想像がどんどん膨らんだ。その感覚がうれしくて引っ越しを決めたのだけど、ずっと手をつけられないでいた。

これまで庭がついている家に住んだことがなかったので、何から始めようかと考えばかりを巡らせて、なかなか身体を動かすことができなかったのだ。

その間にもモリモリと生い茂る雑草。まずはできることからやっていこうと、この春にようやく手をつけ始めた。

実際に手を動かし始めると、なんと清々しいのだろう。

そこらじゅうに伸び放題になっている雑草を抜いたり、積もりに積もった落ち葉をかき集めると、留まっていた空気が動いていくのが分かる。

これまでもこの場所は変わらずあったのに、土に触れるとより近くに感じられる。

雑草を無心で抜いていると、実はそこが花壇になっていたこともあった。こんなにも放っておいた、だらしのない自分に少し落ち込みながらも、植物たちの屈強な生命力に励まされたりもした。

こうやって出来事や感じたことが重なって、少しずつ自分の庭になっていくのかもしれない。

この家の大家さんはこの場所で生まれ育ち、今は東京に住みながら、よく庭の世話をしに真鶴へやってきている。

ある日、たまたま庭で大家さんの家族と会い、庭を案内してもらった。

庭には、あらゆるところに石蕗(つわぶき)や明日葉、三つ葉や茗荷。それに一年前まで隣の家に住んでいたおばあちゃんが育てていた、ミントやレモンバーム、ローズマリーなどのハーブ。あちらこちらに食べものが潜んでいるようだ。

その日はレモンを採ったり、蕗のとうや明日葉を摘んだ。夜にはその蕗のとうで蕗味噌をつくり、白いご飯とともに食べた。

明くる日は、教えてもらった明日葉を採り、白だしと梅干しと和えたおひたしとしていただく。

明日葉。ツヤツヤしてやわらかい葉がおいしい

スーパーで買い物をしなくても、ごはんにたどり着ける。レモンは肉料理に絞ったり、レモンケーキをつくったり、おすそわけをしたり。

ちえちひろさんのお皿にのせて

そして、おすそわけのお返しにそのレモンでつくったレモンカードをいただいたりもした。

もともとレモンが好きなので、いろんなレモンカードを味わってきたけれど、これまで食べた、どのレモンカードとも違うおいしさを感じた。

食べたらなくなってしまうので、ほんの少し切ない気持ちになりながらも、真鶴の〈パン屋秋日和〉のブリオッシュに思いきり塗って、たくさん食べた。

庭で採れた一つのものが、自分やまわりの人の手を通して、かたちを変えて、小さな幸せになっていった。

収穫したレモン


自分が今いる場所に「おいしい」の種があって、そして人をめぐっていく。この「おいしい」は、大家さんたちとそのご両親が少しずつ育んでくれたものだ。

「おいしい」ってどこからくるものなのだろうとずっと考えていた。それはもしかすると、そういう人々の営みを、脈々と受け止めていく喜びなのかもしれない。

そろそろ、紫蘇とパクチーの種を植えよう。

文と写真:山中美友紀(真鶴出版)

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