小さな町で、子どもを育てる。
神奈川県で唯一の過疎地であり、
産科のある病院もない真鶴に暮らしながら、安心して出産できるのか?
宿泊業をしているので、町外から訪れるゲストからこうした質問を受けることがある。
真鶴へ来てから2人の子供を出産した私は、この質問には即「できる!」と答えられる。
最近は同じ真鶴町内に暮らす友人たちから妊娠の報告を受けることも増えた。
出産前の友人たちと話す中で、私自身も出産前にもっといろんな情報があったらより安心だったかもしれないと思ったのと、これから真鶴で出産・子育てを考えている人たちの参考になったらいいなと思い、その体験をまとめることにした。
小さな町で子供を産み、そして育てるということ。
妊娠の発覚
2021年5月上旬。
生理がいつもより1週間遅れてこなかったのと、なんだか妊娠しているような気がして(!)、4年ぶりにドラッグストアへ妊娠検査薬を買いに走った。
結果は陰性だった。
その後すぐに生理がきた。
夫にはとりあえず内緒にしておいた。
そしてその一ヶ月後の6月中旬。
また生理が1週間遅れたので、最近遅れがちだな、と思いながらも念のため妊娠検査薬を買いに行く。
今度は陽性だった。一ヶ月前にフライングで妊娠したかもと思っていたこともあり、妊娠にそこまで驚きはしなかったものの(一方、夫は文字通り腰を抜かしていた)、まるで身体だけは先に妊娠を予感していたような気がして、なんだか狐につままれた気分だった。
当時長男が4歳になり、ようやく「子育て大変曲線」が下降に向き始めていたとき。
2人目が生まれるかもしれないといううれしさと、今からもう一度あのつわりが始まるのか(長男の時はハードなつわりを経験していた)という不安と、いろいろな感情が押し寄せてきた。
ただ慌てていてもしょうがないので、まずは正確な妊娠を確認するために産婦人科を予約した。
真鶴町内には残念ながら産科のある病院がない。
あるのは隣接する小田原か熱海の病院だ。
私は二人とも、小田原市内にある駅近の病院(電車で20分)を選んだ。
そこを選んだのは、電車で通えるアクセスが良いところにあって、周りの評判も良かったのが理由だった。
私は町内に病院がないことを全く悲観していない。
実家のある横浜にいるときも病院へ通った時期があるのだけど、その病院までは実家から片道約1時間かかった。
産婦人科に限らず、「この町には~がない」という話を聞くことがあるが、無理に町内になくとも近隣でアクセスできる範囲であるのならそこまで不便は感じない。
とくに真鶴は町自体が歩いて回れるくらい小さいので、真鶴町内にあるというのはむしろ贅沢だと思っている。
*
4年ぶりに病院へ行くと、変わらず静かな待合室と独特な患者の呼び出し音。懐かしいような不思議な気持ちになった。
検査薬通り妊娠していて、2週間後にまた通院することになった。
7月中旬ごろの検診で赤ちゃんの心拍が確認できた。
そして役場で母子健康手帳を受け取った。 このときに一緒に渡されたのが、 妊婦専用の搬送サービス「マタニティ・サポート119」の登録カード。
このサービスは2018年から湯河原町と真鶴町が合同で始まった。
出産予定の病院と出産予定日を登録しておけば、 実際に陣痛が来たときに妊婦専用の救急車(産急車と呼ぶ)がやってきて、 自宅から病院まで送迎してくれるというものだ。
すでに周りでも何人か使っていて、評判もよかったので、 私も登録することにした。
実際の利用の様子はあとで詳しく書くが、 このサービスのなかった、一人目のときは大変だった。
当時は車を持っていなかったので、 深夜に陣痛が来た場合の選択肢はタクシー一択。
「陣痛タクシー」という制度があって、 事前に妊搬送先の病院を登録していたのだけど、 運転手さんが妊婦を運ぶことに慣れているわけでもなく、 無事に辿り着けるのか不安に感じながら利用したのだった。
お腹の中から、コミュニティで育てるということ
「地方で子どもを育てる」というと、近所のおばあちゃんたちにかわいがってもらいながらの子育てを想像するかもしれない(それはもちろんある)。 が、意外だったのは妊娠の段階ですでに「コミュニティで育てる」感覚があったことだ。
真鶴ではもともと知らない人でも道端で会うと挨拶されたり、 話しかけられたりするが、それが妊娠中は激増。
とくに後期はお腹も目立ってくるので、「今、何ヶ月?」「男の子?女の子?」など、ますます声をかけてもらうようになった。
そしてそれだけではない。
通っていた町内のヨガと整体の先生に、それぞれ妊娠中の体調不良の話をすると、「マタニティ対応できるよ!」と快く対応してくれた。
妊娠中も利用していたのは、〈WiLLD〉の山本奈津子さんのヨガと、鍼灸・整体の〈三快堂治療院〉。
ヨガは妊婦でもできるマタニティヨガにしてもらったり、整体ではつわりの症状を和らげる鍼治療をしてくれた。
おそらくこれが都市だと、まずはネットで検索して、比較して、評判の良さそうなところを探して……となると思う。
人と人の関係性が近いからこそ、こういった個別対応もやってもらいやすいかもしれない。
妊娠中でとくに思い出に残っているのは、 町内で開かれた、小さな演奏会に参加したときのこと。
事前に何も伝えていなかったけれど、 私が座りやすい椅子をストーブの近くのあたたかい場所に用意してくれた。
寒い日だったけれど、ストーブのあたたかさと、 赤ちゃんの胎動を感じながら聴いた演奏会の日のことを私はきっと忘れないと思う。
真鶴の人たちは普段から心地の良い距離感で気にかけてくれるのだけど、それをますます感じた妊娠生活だった。
産急車に乗ってみた
あれは忘れもしない、『おどるポンポコリン』の日。
長男(当時4歳)がなぜか『おどるポンポコリン』に合わせて踊るのにはまり(私は手拍子)、散々踊って寝静まった日の深夜3時。
ちょっとお腹が痛い気がする。
予定日より三週間近く早かったので、まさか陣痛ではあるまいと思い、 もう一度寝ようとしたけれど、痛みが気になって眠れない。
しかも痛みは定期的にくる。
念のため、病院へ電話。救急車を呼ぶように指示をもらう (「マタニティ・サポート119」にいきなり電話するのではなく、病院へ電話して状況を伝え、指示をもらってから連絡する必要がある)。
続いて119番に電話すると、陣痛がいつからきているか、 新型コロナウイルスのワクチンは打ったか、 病院に電話したかなど細かく聞かれ、 その状況から判断して、サイレンは鳴らさないで向かいますね、と言われた。
電話してから約15分後に救急車が到着。
男性2名、女性1名の3名の救急隊員が乗っていた(ちなみにこのときに「あれ、真鶴出版さんですよね?」と救急隊員の方に言われる。宿の消防の届け出を出したときに対応してくれた方だった。このコミュニティの狭さ……!)。
男性2名は運転席と助手席に、 女性1名は後ろに乗っている私の横についていて、 私は彼女に陣痛が来る感覚を知らせた。
このときはまだ余裕があったので、どういう人が救急車を利用するのか、 また救急車を呼ぶことは可能かなど質問していた。
この「マタニティ・サポート119」の救急車はピンクの車両という謎の噂があったけれど、 実際は白い普通の救急車の後ろの方にマタニティーマークが大きくついていた。
深夜だったこともあり、スムーズに30分で病院に到着。
救急隊員の方たちはあたたかくエールを送ってくれて、その後無事に出産した(私はつわりが人一倍辛い代わりに(?)、出産はわりとスムーズなほうだったと思う)。
これはあとで助産師さんに聞いたことだが、 真鶴は細い道が入り組んでいるので、 救急車が迷ってしまって、到着に時間がかかったこともあったそう。
なので、救急車とは大きな道やわかりやすい目印のあるところで待ち合わせするのがよさそうだ。
小さな町で、子どもを育てる
真鶴で暮らし始めてから今年で8年。
子どもが生まれる前と後でステージが変わったと感じる。
子育てしている人たちとつながるようになったというのはもちろん、みんな本当に子どもをかわいがってくれるので、それまで関わりのなかった町の人たちとも話す機会が増えた。
とくにおばあちゃんからは、子連れで歩いていると立ち止まって話しかけられる率、80%くらい。 あとの20%もこちらを見てニコニコしている。
自宅まで車が通れない「背戸道」と呼ばれる細い小道がしばらく続くのだけど、 その途中の何軒かに子どもたちにお菓子をくれるおじいちゃんとおばあちゃんが住んでいて、 下の子はまだ1歳なのに、どの家の人がお菓子をくれるかちゃんと認識していて、早くもおねだりに行くようになった。
家族や学校だけではなくて、親や先生以外の大人たちに囲まれて育ってくれるのも良いなと思うし、 私自身も自分では気づいていないモヤっとを町の人たちとの雑談の中で消化できている感覚がある。
また、子どもたちにいろんな遊びや学びの場をつくろうと活動している保護者グループがいくつかあって、 彼らの企画はいつどこで開催されるのか全部は追いきれないほどある。
私は企画された活動をSNSでチェックして、タイミングが合えば子どもたちと楽しく参加させてもらっている。
私たちが真鶴へきたのは子育てのためではなかったが、 妊娠して、子どもが生まれるとなったときに、自然とこの町で子どもを育てたいなと思った。
それは今まで関わってきた真鶴で育った人たちが、 竹を割ったようにさっぱりしていて明るい人たちが多いなと感じていたから。裏表がなくて、愛がある。
こんな人たちの中で育ってくれたら、 その子は大人になっても、 どこにいってもきっと大丈夫なんじゃないかなと思った。
現に5歳の長男は今、初対面の人でも、大人でも、 平気でまっすぐ(相手が恐縮するぐらい)話しかける、 明るい子に育っている。
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