ブルーノートに行く

昨日、仕事が終わった後のことである。いつもならば秒で着替え自転車に乗り、必死にこいで保育園に行く時間である。でも昨日は、急いで家に直行した。きれいめの服に着替え、パンプスを履いて駅へ行った。なお息子は夫がお迎え済みである。

電車に乗り、表参道へ向かう。寒かった。この寒い日になぜに足の甲を丸出しにしているのだろうか。おしゃれは我慢なのだ。
表参道は始めてだった。高そうな店が並ぶ。っていうか高いのだろうな。っていうか店っていうかもう美術館かギャラリーだ。キョロキョロしながら、目的地までを歩く。

駅前から少し離れると、大きな店はなくなり、代わりに小さな店がポツポツとあるエリアになった。それでも敷居は高そうである。ほえーっと見ているとカフェか飲み屋か、外から見える店があった。窓際にテーブルがあり、外国人ぽいお兄さんが座っている。インテリアもほとんどないが、ものすごくおしゃれでこれもほえーっと見ているとお兄さんと目があった。お兄さんはふっと微笑んで手を振ってくれた。これが表参道・・・!!手を振り返す度胸はなく会釈をして立ち去った。チキンめ。

しばらく歩くと、目的地についた。ブルーノート東京である。

ジャズを聞きに来た。イケメンに手も振り返せないくせに。ちょっと思い出してニヤけそうなしょんぼりしそうな変な気分である。

最初のクールが終わったところだった。人が続々と出てくる。妙に熱気を帯びた人たちである。もう20時で、辺りには飲み屋がないせいか、東京の一等地にしてはかなり人通りが少なくひっそりした界隈で、そこだけが熱気に包まれている。出てくる人が途切れたところで、中に入っていった。

案内された席につく。真正面、ど真ん中、ものすごく良い席なんではないかと思う。少し前に行ったLady Gagaのライブを思い浮かべた。2万円でとてつもなく端っこの、Lady Gagaは豆粒ほどにしか見えなかった(ライブ自体はもちろんものすごく最高だった。たぶん一生思い出す)。今回は1万円でちゃんと原寸大で見える・・!

ぴかぴかに磨かれた楽器が並ぶ。ピアノとベース(ジャズではコントラバスをベースと言うらしいことを、この公演を予約して始めて知った)、ドラムが並ぶ。一通り眺めた後、手元のメニューを見る。こちらもかっこいいのである。値段が・・。うっとなったが気を取り直して、というか腹を決めてジンジャエールとフィッシュアンドチップスを頼む。
「お客様、申し訳ありません、フィッシュアンドチップスは品切でして」
ああ、そんなことがあるのか。改めて気を取り直してホットサンドを頼む。

届いたホットサンドは出来立てホヤホヤ、ハムは厚切りで、しかも食べやすく切られていた。クッキングシートでくるまれているので手も汚れない。しかもおいしかった。しばらくするとフィッシュアンドチップスが提供できるようになったらしく、隣の人が頼んでいた。揚げ物の良い香りがした。食べたかった。

会場に流れていたBGMが止まる。照明が落とされた。一瞬しんとした空気になるが、すぐに拍手に包まれる。演奏者が来た。

結婚前に、夫と見た演奏者だった。夫と二人で、なんとなく、夫の誕生日の記念にと見に行ったジャズの演奏が、とても良かったのだ。それから息子が生まれ、コロナ禍が起き、ずっと来日しなかった。息子がいるので、夫と二人でジャズは難しくなった。今日は一人できた。
時おり休憩を挟みながら、滞りなくライブは進む。自然とからだが動いて、気づいたときには終わったらしい。観客は立ち上がり、楽器の前に立った演奏者は深々とお辞儀をし、拍手で包まれる会場を後にした。

拍手がリズムを刻み始める。たんたんたんたん、としばらく手拍子をしていると、演奏者が戻ってきてアンコールが始まった。それまでは楽器による演奏だったのが、アンコールは歌だった。アンコールが一番鳥肌ものだった。
アンコールの後も、観客は総立ちだった。

一人を除いて。

演奏者の目と鼻の先、最前列のど真ん中、つまり私の前の席にいるおじさんが立たない。みんな立ち上がって拍手喝采のなか、その人だけが立ち上がらずに拍手もしない。ちらりと見る演奏者。そりゃそうである。真ん前なのだ。後ろの席の人、脇に手を突っ込んで無理矢理立たせてくれないかと願ってももちろんそんなことはしなかった。ライブは終わった。

家に帰ると夫がまだ起きていた。おかえり、と言う。夫は1日前に同じライブに行っていたので、感想を言い合う。
「アンコールの曲も、よかったよね」
「なかったよ」
夫の公演は、アンコールがなかったのである。手拍子がおこらず、そのままお開きだったそうである。演奏者もびっくりしたんじゃないか。きっとすぐに出ていく準備をしていたのに、え?ないの?ってなってはいなかったろうか。

ライブも色々、人も色々であった。

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