自分を活かす、仕事。
仕事をしていると、「あぁ、この仕事をやっててよかったなあ。」と感じたり、逆に仕事に対してのモヤモヤが出てきたり、日々コロコロといろんな感情が湧いてきますよね。
自分に向いている仕事ってなんだろう。わたしも旦那のくまだくんも今の仕事を始める前に向き合って、さんざん話し合ったテーマでもあります。
その時話し合ったことなどを基に、未来にまた向き合わなきゃいけなくなった自分のためにも、書いて残しておこうと思います。
今回冒頭も唐突だけど、唐突に整理してみました。
仕事上の喜び=自分というものが活かされているとき
自分の能力、センス、今までの経験のほとんどが仕事で活かされていると気づいたとき「この仕事やっててよかった」に直結する気がする。
そしてさらにそこに人に喜んでもらえたり、認めてもらえたりするともう「あれ?この仕事、天職?」というところにまで発展したり。
大規模なインプット(今までの経験)とアウトプット(今の仕事で活かしていく)をしていることに気づいて、自分の人生の伏線回収してる!と、喜びがわいてくる気がします。
仕事上のモヤモヤ=自分が活かされていないとき
逆に仕事でモヤモヤしてしまうときって自分を活かせていない場面が多いと、「この仕事なんでやってるんだっけ?」と、心からメッセージを発されてモヤモヤにつながる気がする。(経験談)
あとはすごく頑張ってるのに評価が結果が出なかったとき。(経験談)
どうせ結果出ないなら、せっかくなら自分のやりたいことやりたい!と開き直るけどそれが相手(お客さん)に求められてないことだと気づかされたり。
そもそもそういうの受け付けてもらえない職場環境だったり。(経験談)そして行き詰まる。(経験談)。。。暗くなりそうなので、ここまでにしよう。。。
ざっくりいうと!仕事して生活するためのお給料はもらってちゃんと生きてはいるけど、なんか活きてないよな、みたいな。
じゃあ、独立しよう!
仕事に、モヤモヤが出てきたら人間は悩むもの。じゃあ独立して自分で仕事を作るか?悩んだときには色んな選択肢が出てくる。けどこれに関しては誰もが一度は頭をかすめる考えな気がする。でも独立して解決するのかな?
個人事業主とサラリーマン。
「個人事業主」って言葉を聞いてどんなイメージを持つだろうか。
自分だとパッと浮かぶワードとしては「自分の好きなことを仕事にしている人」「組織に縛られてなくて自由そう」「純粋に楽しそう」「自分の力で仕事を作っていてたくましい」といったあたり。
相反する言葉としては社会的にいうと「法人」なのだと思うけど、しっくりくるのは「サラリーマン」なのかな。
こちらのイメージとしては「組織の枠からは外れられなくて窮屈」「なんとなく自由にはできない雰囲気」「ルールに沿って仕事をやらなくてはいけない気がする」「自由にできない」「自分の思うようにはできない」
とにかくちょっと自由さがない。みたいなイメージが強い。そしてちょっとネガティブ。
わたしの今までは、仕事先は変わっているものの15年ほど社会でサラリーマンとして働いた。
多少のストレスはあれどそれとも友達になって休日は好きな音楽をしてライブをしたり、飲みに行ったりと生活していた。たぶん、サラリーマンやれる人なんだとは思う。(でも厳密にはどこの職場でもすこし浮いてはいたと思う。この間とある人に言われてハッとした。今も個人事業主のみんなに囲まれても若干浮いてる気もするし。どっちつかずの人間。)
でも、どっちつかずでもない。本当に本当に(強調)本当の意味で組織でやれないひとがいることも知った。それが、くまだくんだ。
それには色んな方面で要因はあるんだけど、絞って言うと彼はひと一倍仕事に責任を持ってしまう。素晴らしく大事なことなんだけど、それがサラリーマンという立場で職場にいるとプレッシャーになって心に負担がくるらしい。
あとは、完璧主義なところがあり色んな細かいことに気づいてしまうけど過度に目上の人には礼儀を重んじてしまうところもあるので、上にボスのいる状況では自分を活かしきれなかったんだと思う。
極端にいうと個人事業主という選択肢しか、彼にはなかったんだな。と隣で実際にみていて今までの話を聞いて知った。
自分でお店をして仕事を作ると途中で彼は目標を決めてからは、とある料理店で修業して(目標があるとそれに向かえる)今に至る。
そして個人的に面白いのがここからで、彼は念願の個人事業主になっても、サラリーマン時代のときと、あまりメンタルは変わらないことだった。
完璧主義からくるプレッシャーとの戦いは、ある意味で彼の仕事のスタイルなんだろうな。と感じる。
ただ大きくちがうのは、「責任」の部分。全部自分の責任でいられることが、楽しそうだ。数字が出た日も、出なかった日も自分の責任だから。
くまだくんが自分の仕事への精神性を、短所に働かずに長所に持っていけてる今の環境に感謝しているし、そんな場が作れていて、隣でみていても本当にうれしい。
好きなこと=適職?
意外と、自分の好きなことを仕事にすると、その好きなことが仕事になってしまってまたちがう「好きなこと」を見つけ出すんではないか?という気づきもある。
たとえばわたしとくまだくんは密かな夢があって最近飲みに行くとその話ばかりする。休日にお店にお酒を飲みに行くのが大好きなのでついつい
「あぁ、、カウンターのある夜のスナックとかバーやりたいな。しっぽり飲みながら、お客さんの話聞きながら。いいよなぁ。」と。
でも考える。
「それがまた毎日になったらどうだろう?」「オープンになったらお店を開けて、おつまみの準備を毎日して、キチッと洋服を着て、夜遅くまで接客をして、お金を数えて家賃を払って、確定申告をして。。」「毎日繰り返し。。まさに、およげたい焼きくん状態。」
そう。そのての悩みにぶち当たると、およげたい焼きくんに行きついてしまう。
今はまだ今の仕事をがんばって、たまにイベントとして開催するっていうのもいいよねえ、と。飲みに行く行為が好きなだけだもんねえ、と。いつもそうして落ちが着く。
仕事と好きなことのバランス
わたしの友人にもイカしたサラリーマンたちがたくさんいる。彼らをみても学ぶものがある。
音楽とサブカル好きのサラリーマン。休日はDJでイベントに出たり、文化レベルの高いイベントに顔を出してたり。ミックスCDを作ってひとに配ったりしてる。それがまた、パッケージも解説もとても丁寧。
もうひとりは、音楽とファッションと甘いものが好きなサラリーマン。利益度外視の高いデザイン性でめちゃくちゃちゃんとおいしいクッキーを作って売っていたり。
もうひとりは普段はカタイ仕事をしているけれど、休日はギタリストとしてライブに出たりコーヒーのオリジナルブレンドをラベリングして人に配っている。
サラリーマンでいられることも、とても大切な能力。その仕事をしながらも創作もして、その両立をしているひとたち。すごい。
でもきっとそれぞれにみえない悩みはあるとは思う。ただ他人からみると羨ましさすらも感じる、ないものなだり。そんなものだったり。
そして、そういうひとたちの作るCDを聴きながら、そういうひとたちの作るコーヒーとお菓子を食べて、そういうひとたちの作るもののおかげで休日にめちゃくちゃ幸せを感じていたりもする。
だから、なにがいいのかって本当に甲乙、白黒、勝ち負け、つけられない。
ただ体験してみていえることは、意外と個人事業主になっても社会が広がるだけで悩みの根本は、ずっと一緒だなぁ、と。
社会的にみた自分と、自分から見た自分。仕事がどうであれ、自分が活きる場や瞬間を、ずっとでなくていいから作り続ける。それが生きていく上でずっとぶら下がってるテーマな気がする。
好きなことより、得意なことを
好きなことより、得意なことを仕事にした方がいいのかもって考えもある。
自分がついなんとなくできてしまうことって、相手からすると喉から手が出るほど欲しいものだったりするけど本人はそれに気づけない。
好きなことってどこか自分のエゴが前に出て、相手の喜びより自分の喜び優先になってしまうことがある。仕事は誰かに喜んでもらえて、その対価をいただく世界な気もするから。(一概には言えないときもあるけれど)
だからモヤモヤしたときは、立ち止まって今の自分を俯瞰してみて、今の環境を主体的に考えるだけで今のモヤモヤの解決への道がペカッと照らされたり。
サラリーマンをしていても、受け身でなく主体的に働くとモヤモヤが解決することもある。これはサラリーマンを辞めてから気づいた大きなことだった。
意外と自分の声は通る。意外とわがまま言っていい。勝手に自分が上下関係を作ってただけで、上司やボスや社長は部下からの提案やツッコミを待っていたりする。
ストレスやモヤモヤは意外と使いようで、大事なエネルギーになったり、活力になってくれたりもする。
でもモヤモヤが、心を侵食してきて心が死んできてると感じたら、すぐにそこから逃げてください。ストレスやモヤモヤが友達でなくなったら危険。(経験談)(経験談ずっと暗すぎる)
言いたいことは、それぞれのないものねだりを抱きながら、またそれぞれの仕事に戻るんだろう。悩みながら。
そして意外と勇気を出して踏み出してみることで「こんなもんやったか」という、モヤモヤ大逆転の瞬間もあるかも。
ああ、まとまらない!そもそもまとめられるほど簡単なテーマではないよな。総括して、人生はおもしろい。