2011年の夏、韓国に引っ越した時の話
引っ越しばかりしてきた私の生活について、海外生活や引っ越しをテーマにつづりたいと思う。
2011年、私たち家族はイギリスのロンドンにいた。
韓国人夫がロンドンの大学院に通っていた当時、私は1歳になる娘と一緒に帯同していた。
日本で東日本大震災が起きてから数か月後、帰国が決定。でも、今度は日本じゃなくて韓国で暮らすことが決まった。
もともと夫が会社(韓国系)の奨学金制度で通っていた大学院。
無事に修了したので、日本に戻るのではなく(イギリスの前は日本で駐在)韓国支社で勤務することになった。
さて、今度はイギリスから韓国へ引っ越し。
それまで、韓国→日本、日本→イギリスの2回引っ越しをしていたので、イギリス→韓国で3回目の移動になる。
ロンドンからの帰国便は夫婦で同じ飛行機に乗ったけど、夫とは乗り換えの仁川空港(韓国)で別れて私と娘は日本へ向かった。
私は実家に置いた引っ越し荷物を韓国へ送る手配をし、夫は仮住まいで会社に通いながら、家族で暮らす部屋探しを開始。
1か月後、私は韓国に入国した。
でも最初は、夫の両親の希望でしばらく田舎の義父母の家で過ごす。長い間会えなかった孫と一緒にいたいという義母の気持ちに応えたあげようと思ったのだ。
その結果、韓国での新スタートに夫はおらず、タイムスリップ&異世界のような義父母との同居生活を過ごす。※意味不明でごめんなさい
異文化の洗礼を受けて良い経験になった。
そんなこんなで1か月半。
夫に「住む家が決まったから行こう」と言われて、ソウル近郊へ。
早朝のKTX🚅で上京。
とある住宅街の不動産屋にいくと、おばあさんと中年夫婦がどなりあいの喧嘩をしていた。
何が起きたのか、いい大人が声を張りあげている。
殴り合いはしないけどドラマみたいな修羅場。
…大家さんと前入居者とのやりとりだった。
韓国の不動産取引に喧嘩はつきもの。
何も知らなかった当時は、驚いて帰ろうとしたのを覚えている。
喧嘩の後、何事もなかったように大人しくなったおばあさんと夫が賃貸契約を締結。
…ただ者ではないことは分かった。
こうして、本当の新生活は家の契約と共に始まった(つづく)