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全口腔法による味覚検査の理論:LMS法とは?

 前回生理学実習において使用している味溶液の作り方について解説しました。家庭でも作ることが可能です。今回は、味覚検査で使用してるLMS法というやり方の理論について解説します。(小野堅太郎)

 味覚は、塩味、甘味というようにいくつかの「質」に分けられます。塩味と甘味を感じる溶液を混ぜても、我々は新しい別の味とは感じずに塩味と甘味を区別して感じることができます。そのため、味覚では塩味、甘味、うま味、苦味、酸味を「基本味(きほんみ)」と呼んでいます。

 科学では「閾値(threshold)」というのがあります。閾値とは、何かの反応がおこるギリギリの刺激強度のことです。味覚であれば、刺激強度とは「味質の濃度」となります。”何の味かわからないけど何かの味を感じる”のを「検知閾」といいます。およそこの2倍ほどで”何の味かわかる”「認知閾」に達すると言われています(2倍といっても個人差は大きいです)。前回紹介した溶液作製では、すべての味質溶液は3倍程度になっていますから、「何の味に感じましたか?」ということを被験者に尋ねることで「検知閾」と「認知閾」のおおよその味質濃度を見つけようという意図があります。

 もう一つは味の強度です。味覚検査ではこれを「呈味強度」といいます。実習ではLMS法という口腔内感覚調査を行います。LMSとは、Labeled Magnitude Scaleの略で、「標識された大きさ目盛」という意味です。味覚・嗅覚研究で有名なアメリカのモネル化学感覚研究所から1993年に「口腔感覚の定量化に広く使える検査法」として報告されたものです(Greenら:下に論文リンク)。このスケールは結構優れもので、味覚だけでなく、嗅覚、痛覚、温度感覚など様々な口腔感覚における心理物理学実験に使用できます。下記の論文では、それ以前の過去手法との比較もされています。

 さて、このスケールを見てもらうとわかると思うのですが(見出し絵参照)、ラベル(ほとんど感じない~想像できえる限り強い)が等間隔に並んでいません。この理由には、感覚研究の長い歴史を話さなくてはいけません。

 1834年、ドイツのエルンスト・ウェーバー教授(39歳:当時は解剖学教授で、1840年から生理学教授)は実験心理学実験により先駆的な発見をします。被験者の両手に重り(錘)をそれぞれ乗せて、それに差があるかどうかを尋ねます。これを繰り返し、ギリギリ差を感じる重量の差を導くわけです(識別閾)。今度は重さの基準を大きくして、同じように差を求めたわけです。例えば30gから90gへと変えたとします。30gの時は31gから差を感じたとすると、90gの時は93gから差を感じるようになった、という法則性を発見します。この例の場合だと1/30という「比」が、基準の重さに関係なく一定である、というわけです。これをウェーバー比といって、現在でも感覚の識別感度(弁別能)の指標となっています。

 さて、このウェーバー教授の6歳下の弟子、グスタフ・フェヒナー教授(物理学)は1859年、研究を発展させて「刺激強度と感覚の関係」をウェーバー・フェヒナーの法則として定式化します。数式としては後に間違いを指摘されることになるのですが、「感覚の強さが、刺激強度の対数に比例する」ことを示していました。

 これに対してベルギーの物理学者プラトーが、1872年に「刺激強度と感覚の関係」がベキ関数(a power low)であると主張します。この主張は科学の歴史の中で埋もれてしまいますが、1953年、アメリカの心理学者スタンリー・スティーブンスが実験検証を基に復活させます。これは、「感覚の強さの差も、刺激強度の変化と同じように、基準感覚に比例する」というものです。これはベキ関数の式にあてはめると、一致するように見えることが多い、というものです。今でも議論が続いているようですが(wikipedia参照)、生理学の教科書では定式として記載されています。

 このようなことから、感覚の強さを疑似対数の目盛で評価してもらうことにより感覚を数値として表現できるようになったわけです。LMS法のすごいところは、「最大値を”想像できえる限り強い”と規定する」ことで、異なる感覚質(基本味それぞれ)を比較できることです。

 ちなみに「好きか嫌いか」という「味の嗜好性」についてはVAS法が用いられます。VAS法の目盛は直線的です。

 下記は、実習で得られた結果の一部です(被験者20名分)。ベキ関数にある程度したがっていることがわかりますね。エラーバーは標準誤差です。

C班(唾液-LMS)

 次回は、この味覚検査結果の考察についてまとめたいと思います。

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