諸星大二郎展に何度も通ってみた(北九州市開催は2021年5/23まで)
研究者になる前は、漫画家になりたかった。目指していた憧れの漫画家であり、漫画家をあきらめる理由となった漫画家が「諸星大二郎」大先生である。その魅力について紹介してみる。(小野堅太郎)
もう30年も前になるのか。高校からの帰り道、本屋で「ぼくとフリオと校庭で」というなんか不思議なカバー絵の漫画を手に取った。母親がサイモンとガーファンクルのレコードを持っていて、曲名としてタイトルを知っていた。もともと白戸三平や楳図かずお(当時まだ現役)などの古い漫画が好きだったこともあって買って読んだ見たところ、とんでもない衝撃を受けた。
「こんなマンガ読んだことない・・・。」
残念ながら、これまでの人生で諸星大二郎の漫画を知っていた人と出会ったことがない(吉野先生を除いて)。ともかく、私の好きな漫画家は「有名ではない」ので、「私が漫画家になれたとしても、さほど漫画は売れないだろう」となり、「生活のために歯医者の免許でも取っておくか」という不純な理由で歯学部を目指した経緯がある。
大学では、自主製作映画を作ることに青春を捧げたが、常に「諸星作品」を意識したし、結局、「諸星作品」のレベルにたどり着くような作品はできなかった。いつしか、漫画家の夢は消え、「生理学者」という道を歩くことになった。
そんな諸星大二郎大先生の原画展が、私の住んでいる北九州市小倉で開催されるという。当然、何回も行くに決まっているのである。グッズを売っていて、欲しいものを籠に入れていたら6万円もしていた。複数回通うと、チケット売りのバイトがうちの学生さんであることに気づき、大変恥ずかしい思いをした。
諸星漫画の何が凄いのか!
1.ヘタウマな描線
絵は一見下手のように見える。線にぶれがあったり、最近の漫画と比べて雑さがある。しかし、これは物語にハマってしまうと、むしろ味となり、噛めば噛むほど肉汁が飛び出してくる。ぶれがあると読み手に想像の余地ができるので、読み返す度に違う表情に見えたりする。
2.人物の多彩な書き分けと肉感性
女の人の絵は、おぼこい感じから放蕩な感じまで様々にかき分けられている。男の描き方も多彩で、子供から大人、老人まで全く無理なく存在感を放っている。なんというか、登場人物全部が平等な熱感で描かれているので、いつ誰が主要人物に躍り出るかわからないミステリー部分を常に秘めている。
3.影を使ったチラリズム
ほとんどの話で怪物が出てくるが、単体で見るとカッコ悪い。しかし、読んでいると一周回って凄まじくオドロオドロしい。おそらく怪物を序盤は影で描かれているため、想像の中での恐怖感が増幅していく。そこで急に、正体が露わになるのでゾッとしてしまうのだと思う。つまり、コマの演出が凄いのである。
4.実験的コマ割り、映画的演出法
この展示会の内容は大変良い。数ある作品の中でも、超名作の最高のコマ割りページが展示されているからである。
例えば、西遊記を元にした「西遊妖猿伝」で、主人公の悟空が棒で敵の頭を叩き割るシーンがある。諸星先生は、1ページ1コマで主人公が棒を振り降ろし、次のページで6コマほど使って敵の兜の角が折れて、棒が兜に接触して、兜がゆがんで、敵の顔がゆがんで、敵が崩れ落ちる、を丁寧に描く。最近の漫画なら、棒を振り下ろすコマの次に頭が叩き割られたコマの2コマで終わりである。この数コマの描写の中、移動線と呼ばれる「モノの動きを表現する線」がないので、明らかにスローモーションを示している。諸星先生は手塚治虫編集の「COM」という実験漫画雑誌にも書いていたので、こんな表現を多発させる。
「ぼくとフリオと校庭で」にはエヴァンゲリオンの元ネタカットがあることで有名な「影の街」という作品が収録されている。主人公の子供が街並みを走るシーンが数カットで描かれるシーンがある。各カットに繋がりがなく、あらゆる角度から子供が走る絵が描かれており、描線があったり、無かったりする。すると、読んでいて「主人公が街の中を縦横無尽に走り、ときには疲れ、また必死に何かを探して走り出している」という感じがメチャクチャ伝わってくる。そこで、バーンと大コマで住宅街に巨大な怪物が現れるのである。例のごとく顔は陰で隠れている。果たしてその顔は・・・。
5.教養の深み
さらに、諸星作品の最大の魅力と言えば、「教養の深み」である。オカルト・伝承・民俗学・宗教・歴史・絵画といった「引用」「パロディ」が散りばめられている。初期の作品は、そういったものが物語の本質テーマになっている(「暗黒神話」「マッドメン」などなど)。これらの元ネタ解説も展示されている。ちなみに、小野は暗黒神話に出てくる遺跡は、すべて肉眼での観覧を完了した。
とにかく傑作が多い人で、手塚治虫、大友克洋、楳図かずおと言った大作・短編の両方に長けた偉大な漫画家である。若い人たちにも是非読んでもらいたい漫画家である。しかし、マニア性が強い。癖がある。読み手を選ぶ。万人受けしない。ちなみに子供たちを連れて行ったら、入館して10分で「先に出ててもいい?」と言われた。そこで「1コマずつ説明してやる」といったら悲鳴が上がった。私のせいか、諸星先生のせいか・・・。
閉館まで通い続ける予定である。