フクム・ウエストオーバー・アダイヤーの日本種牡馬入りについて考える
先日、欧州競馬界隈で超ビッグニュースが入ってきました。
ゴドルフィンからフクム・アダイヤーが、ジャドモントファームからウエストオーバーが来日、種牡馬入りするとの報です。
いずれも近年のヨーロッパの12f(2400m)路線で印象的な活躍をしていた馬たちで、凱旋門賞などの大レースで彼らの名を耳にしたことのある競馬ファンも多いのではないでしょうか。
ノヴェリストやハービンジャー等、彼らと似たような実績馬はこれまでも日本に導入されてきましたが、ここまで一気に導入されたことは過去に例がなく、はっきり言って異常事態です。
今回は、彼らがなぜ日本で種牡馬入りしたのか、そして日本で成功することができるのかについて分析していきたいと思います。
なぜ今来日したのか
さて、今回の『新御三家(仮称)』ですが、3頭中2頭がゴドルフィンの馬です。日本ではレモンポップで有名ですが、実際そのイメージ通り、彼らの日本の生産拠点である「ダーレージャパン」の生産馬の多くは短距離路線・ダート路線の活躍馬が多いです。(例:ファインニードル、タワーオブロンドン
)
同様に繋養している種牡馬も、芝中距離路線で産駒を見かけるような種牡馬は少ないです。
過去に繋養していた種牡馬も、アルカセット・ファンタスティックライト辺りがギリギリ欧州の中距離路線で活躍していた程度で(いずれも日本やアジアでの実績もありました)、キングジョージのような欧州の超ビッグレースを制した競走馬が1年目からここで種牡馬入りするというのは極めて異例です。
なぜそのようなことに至ったのか、原因は恐らく欧州の馬産界における12f(2400m)路線の地位低下でしょう。
この表は2022年における欧州の種牡馬リーディングTOP10です。一目見ると、短距離~マイル路線の活躍馬ばかりで、2400mの実績馬はガリレオ・シーザスターズの名牝アーバンシーが送り出した世界的良血の大種牡馬ブラザーズだけです。
まさに欧州競馬は
1000m台での実績あらずんば種牡馬にあらず
という状態です。じゃあダービーやセントレジャーの勝ち馬はどこに行っているのという話ですが、障害用種牡馬になったり、パートⅡ国に輸出されたり、果ては騙馬になったりと様々ですが、まともに平地用種牡馬を続けている方が珍しかったりします。
先述のシーザスターズを除くと、まともな種付け料で種牡馬をできているのは、2022年に欧州リーディング11位に食らいついた2冠馬キャメロット、母に2度の年度代表馬に輝いた名牝ウィジャボードという血統背景を持つオーストラリアくらいではないでしょうか。
それにしても2020年勝ち馬サーペンタイン君、竿を切り落とされた挙句オーストラリア送りにされているのはあまりに酷すぎるというか… 先日のメルボルンカップに出走していたのですが、ダービーを彷彿とさせるような逃げを見せてくれて涙が出ました。
となると2400m以上の実績馬が多く種牡馬入りしており、競馬のレベルも繁殖の質も高い日本へ…となるのは決してあり得ない判断ではないかなと思います。
日本はセントレジャーを含むイギリス型の三冠路線が機能している数少ないパートⅠ国ですし、欧州に比べ「軽い」タイプの繁殖牝馬が多いので長距離タイプの種牡馬でも相手にも困らないという事情もあります。
では、そんな「新御三家」どんな馬なのでしょうか
フクム
主な勝ち鞍:22年コロネーションC、23年KGVI & QES
なんといっても特筆すべきは、あのバーイードの全兄という血統背景でしょう。バーイードは11戦10勝、フランケルの再来ともいわれた名マイラーで、初年度となる今年の種付け料は8万ポンド(約1500万円)、日本からも社台グループをはじめ多くの生産者が種付け申し込みをしています。
フクム自身も古馬になってから覚醒しはじめ、5歳でコロネーションカップを6歳でキングジョージを制した欧州の強豪です。特に6歳のキングジョージでは後述するウエストオーバー・オーギュストロダン・パイルドライヴァー・エミリーアップジョンなど名だたる強豪たちを破っての勝利であり、成長力は今回紹介する3頭の中でも随一でしょう。
補足として、日本ではゴドルフィンのダーレージャパンでの種牡馬入りですが、所有権自体は弟バーイード同様シャドウェルファームにあるようです。シャドウェルFとゴドルフィンはトップが故ハムダン殿下とモハメド殿下の兄弟関係なので、ノーザンFの馬が社台SSで種牡馬入りした程度に考えて頂いて差支えありません
血統
先述したように、本馬は全兄にバーイードという血統背景が何といってもアピールポイントですが、全兄弟種牡馬と言えばサドラーズウェルズ・フェアリーキング、ブラックタイド・ディープインパクト…等、比較的名サイアーが多く、欧州でも代替種牡馬として多く需要があったのではないかと思うところで、日本で種牡馬入りした事実が未だに謎です。ダージー?知らんな
父Sea the Starsは言わずと知れた欧州の大種牡馬ですが、日本ではそもそも産駒が殆ど入ってきていません。
一応代表産駒を挙げるなら、18年アル共5着のエンジニア、ウオッカとの子で1000万下までいったタニノアーバンシーでしょうか。Cape Cross系自体日本ではパリ大勝ち馬のベーカバド、ゴールデンマンデラ(近親にワールドエース)程度しかおらず、未知数…というか多分日本には合ってない系統です。
加えてSea the Starsの半兄ガリレオも日本ではフランケルを経由しない限りロクに走らないので、父系の日本適正は恐らく絶望的です。
母系は6代母にお馴染みハイクレアを有し、母父はキングマンボと日本でもよく見かける感じの血統。
母父キングマンボは市場に溢れるキングカメハメハ系と大きく競合しますが、芝でも砂でも本邦におけるキングマンボの適性の高さは言うまでもないでしょう。母父としてもビッグアーサー前が壁やスズカマンボを輩出しています。
そしてなんといっても注目はハイクレア牝系出身馬ということ。本馬の五代母ハイトオブファッションはハイクレアの第3子であり、故ハムダン殿下が現役時代エリザベス女王から購入し、後にナシュワン・ネイエフを輩出することになった名牝。ナシュワンが活躍した際は、自前のハイクレア一族からなかなか活躍馬が出なかったエリザベス2世がブチ切れたとかなんとか…
ディープインパクトを筆頭にハイクレア牝系は日本でも大きく広がっており、5×6程度ではありますが、血統表の奥底で活力を生み出してくれるのではないでしょうか。他方で、ハイクレアクロスを持つ馬は割と重いタイプも多く、配合にはなかなか難しさを感じるところではあります。
総じてとにかく欧州的な「重さ」をどう克服するか、というところが問われる種牡馬だと思います。
アダイヤー
主な勝ち鞍:21年英ダービー、KGVI & QES
シャドウェルF生産のフクムとは異なり、こちらは「ザ・ゴドルフィン」という感じの血統のアダイヤー。彼が初年度から日本でスタッドインするという事実が欧州における12f路線の種牡馬需要を象徴しているのではないでしょうか。
現役時代の特徴は何といっても3歳でのダービー・キングジョージの両制覇でしょう。エネイブル以来の3歳馬での制覇、そしてガリレオ以来のダービーとの同一年制覇となった21年のキングジョージは少頭数ながらミシュリフ、英牝馬2冠でGⅠ4連勝中のラブ等の強豪馬を下しての勝利であり()、クラシック路線までの完成度の高さでは随一といえるでしょう。
古馬となってからはGⅠ勝利こそありませんでしたが、モスターダフ・ルクセンブルクと熱戦を演じたPoWS等、10f戦での能力の高さも十分に見せており、中距離以下でも全然やれる種牡馬ではないかなという印象です。
血統
血統的にはフランケル×ドバウィという欧州の競馬場に行けば毎レース見ることができるような血統構成。日本でいうディープキンカメみたいなもんですから、よっぽど特筆すべき点がないと欧州では厳しい感じ。
ただ日本だと少し事情が変わってきます。ガリレオ系で唯一日本で好成績をを残しているのがフランケル産駒。ソウルスターリングをはじめ重賞戦線でも多くの活躍馬を輩出しています。しかしながら、フランケル系種牡馬は日本でもまだ少なく、特にこれほどの実績馬のスタッドインは初めてです。
このようにフランケル産駒の種牡馬は現状モズアスコット一強状態。しかも種付け料は初年度から200万→300万と上昇しており、生産界からもかなり需要があることを考えると、後述のウエストオーバーと合わせてかなりの数の牝馬を集めるんじゃないでしょうか。
母系に目を向けるとちょっとゴドルフィン風味を感じる血統。五代母のAnna Paolaは現役時代に81年の独オークスを制し、繁殖としては96年の毎日王冠を制したアヌスラビリスの祖母。アヌスミラビリスはゴドルフィン軍団として日本を含む世界中を転戦した馬ですが、日本での種牡馬入りの際にいろいろあって亡くなった悲運の馬です。
他に日本関連で活躍した一族は3代母Anna Saxonyがラブリイユアアイズの5代母、祖母Anna Palarivaからは高知で重賞2勝のモダスオペランディ、青葉賞四着のモンテグロッソなど、ゴドルフィン経由でちらほら日本でもい見かける一族です。
牝系全体としては欧州的なザ・ステイヤーというよりはマイル~中距離での活躍馬が多く本馬の成績にもそれが如実に表れているかなと思います。
個人的に気になったのは母母父にカーリアンを持っている点。シンコウラブリイやフサイチコンコルドの父としてもお馴染みで日本でも多くの活躍馬を出しています。日本への適応のカギは案外このカーリアンを強調することなんじゃないかなと思ったり。
余談ですが、母系にAが続いていますが、アーバンシーなどを輩出したシュレダーハン牧場のAラインとは無関係です(多分)。
ウエストオーバー
主な勝ち鞍:22年愛ダービー、23年サンクルー大賞
ということで今回唯一の優駿SSでの種牡馬入りとなったウエストオーバーです。勝負服から見てもわかるように、あのフランケルやエネイブルを生産したジャドモントFの生産・所有馬ですね。
優駿SSのヨーロッパの大物牡馬というとベーカバド程度しか思い浮かびませんし、なかなか異色の導入だなという印象です。どこか海外の牧場が一枚噛んでるんですかね。
彼の現役時代と言えば23年ドバイシーマのイクイノックス被害者の会総代表というイメージですが、他にもエースインパクトやアスコットの重馬場などバケモンや条件に邪魔され善戦マンになってしまっている印象です。
とはいえイギリス、ドバイ、アイルランド、フランス…と全く条件の異なる国々でいずれも連対している点は極めて大きく評価できます。欧州だと「ロンシャンorアスコットは得意だけど…」みたいなタイプも多く、条件不問でここまで活躍をしているのはなかなか珍しいタイプです。
特に2023年に重馬場のアスコットでフクムにアタマ差、歴史的良馬場のロンシャンでエースインパクトの2着という対照的なレースでの好走は、本馬の適性の多様性を象徴しているんじゃないでしょうか。
ただいずれも12f(2400m)路線での結果であり距離適性に関してはなかなか難しいところもあります。
血統
ということでこちらもフランケルですが、先ほどのアダイヤーとはまた毛色の違った感じ。ロベルト・ニジンスキーと日本でもおなじみの大種牡馬が名を連ねています。
父のフランケルに関しては先述の通り。
母父のリアファンは欧州のマイル戦線で活躍した馬であり、同じく母父として全米リ-ディングサイアーに輝いたキトゥンズジョイを輩出しています。母系にロベルトがいるのは欧州では珍しい感じもありますが、ファウンド・ベストインザワールド(スノーフォール母)姉妹などがガリレオ×ロベルト系の組み合わせとして挙げられますね。
これまで紹介した馬もシャドウェル・ゴドルフィンのそれぞれの牝系出身という印象と紹介しましたが、こちらもジャドモントFの牝系出身という感じですね。本馬の叔母にあたる仏オークス馬ネブラスカトルネードを筆頭に近親の活躍馬はいずれも同牧場の出身馬です。
そう言った事情もあり、日本っぽい血を持ちながらも、一族はほとんど日本に来ておらず、日本での活躍は未知数な部分が多くあります。
個人的にはサンデーサイレンスがマシマシに入ったタイプの牝馬に薄め液的な感じで使われるのが主となりそうかなと予想しています。イメージは社台さんちで導入されているポエティックフレアの距離長い版という感じですかね。
おわりに
個人的な彼らへの期待値は
アダイヤー>フクム>ウエストオーバー
という順ですね。正直アダイヤー以外は繁殖牝馬の父としての活躍が主となると思います。
ただ、彼らレベルのGⅠ馬が日本の繁殖牝馬を支えるとなると、日本の血統的なレベルは大きく底上げされますし、そこは欧州のクソみたいな短距離信仰のトレンドに感謝できる点じゃないでしょうか。
一口馬主のカタログなんかを見ていても、アメリカ系の母系の馬は多く見かけますが、母父フランケルのような欧州系の馬は少なく、まだまだ欧州血統の日本への導入は少ないなと感じます。しかしながら、近年ベンバトル、ポエティックフレア、シスキン、ノーブルミッション...のように欧州での実績馬が導入される事例が急速に増えており、これから欧州血統はどんどん日本にも定着していくでしょう。そんな中で、彼らがどうその血を広げていくのかが楽しみですね。