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思い通りにいかない本屋で過ごす土曜が好き。#17


自分の「好き」を知るために。いや、私自身を知るために。
自分が好きなものを深く語る不定期連載を始めました。



本屋が、好きだ。


編集の仕事を始めて2年。仕事のことをあれこれ考えてしまうから、一時期は本屋に行かないようにしていた。本屋で勉強してこい、とよく言われながらも避け続けてきた。


でも、最近ようやく週末に頻繁に本屋に行くようになって。やっぱり本屋が好きみたい。そういえば、2年前に受けた新人研修で5日間書店で働いたのがなんだか今でも鮮明に残っている。


今日も本屋に行った。大体行くのはアットホームな小さい本屋。ちょっと仕事で調べたいことだけを調べるためにいったはずなのに、気づいたら3時間ほど居座ってしまった。


2週間ぐらい前から髪を切りたくてたまらず、今日なら行けるはずだったのに、本屋での没頭を優先した。本屋に行くと、そこでしか出会えない本がたくさんあることに気づかされるから。


amazonは自分があらかじめ欲しいものを検索して、目的に素早くたどり着くには確実なんだけれど。書店は、自分の足を信じて本を探しながらも、思わぬ本との出会いに「ちょっとだけ」と一息ついて本を手にとって。

帯から、紙の触り心地から、デザインから、本を手に取りたくなる理由が書店にはさまざまある。図書館では気にならなかった本も、書店なら手に取る場合もあるだろう。


気づくと何を探しに書店に来たかなんて忘れてしまって、今ここで出会える本たちと向き合い、心を研ぎ澄ます。仕事のことを全く忘れているわけじゃないから、こういう傾向の本私は好きだなあと思ったりはする。でも、自分の上司みたいに売れている本の傾向とか、仕事に繋がるインプットからはどうも離れる。好きを仕事にするって難しいなあ。


閉店時間、誰もいない本屋を後にして、本屋に来た目的は果たせなくても、まあいっかと自分を許せる夜だった。しかも今日はまだ土曜。明日もあるからと、いつも以上に自分を許せてしまう。


そんな最高にズルくて非効率な本屋が、好きでたまらない。


amazonで検索して見つかった関連書籍も、思わぬ出会いなんだけれども。本屋の場合は、ネットよりも隣り合う本同士の関連度合いが低くて。特に大型書店ではないほど、本の並びが新旧問わず、ジャンル問わず雑多で。自分が予想しなかった本に出会える。


でも、そこで出会ったたくさんの本たちは、手放してしまったら、もう日々大量に浴びる娯楽によって記憶をかき消されてしまうんだ、きっと。


そんな儚さが、書店にはある。


最近は出会った本を手離したくなくて、でも今すぐ買おうとまではいかないから、タイトルをメモしているけれど、それもなんか違うなあと。きっと最初に書店で出会った時ほどの感動は薄れているだろうし。


書店ならではの儚さをもっと感じたいけれど、記憶の彼方に葬りたくもない。本屋でそんなもどかしさを抱えて、いっそこんな時間があるんだったらamazonで本を探せば良かったと思うけれど。


でも、本屋でずらりと並ぶ本たちを見ると、やっぱりここで本と出会いたいと思う。

ただの紙なのにそこに何千何万の人たちの心、行動までもを左右するものがあるかもしれないと思うと。あんな小さな紙の中に無限の可能性が秘められているなんて。


そうやって、吸い込まれるように本屋へ気づくと入る。出る頃には大体明るかった空が暗くなっている。


また本屋に行こう。土曜日に、時間も仕事も全部忘れて、心赴くままに、今そこにある本との出会いを大切にして。

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