【リレー投稿】私の羅針盤_vol.3 れいし
大崎海星高校魅力化プロジェクトが始まった2014年当時、私は21歳でした。
広島県東広島市に暮らす、一人の大学生。
初めて大崎上島のことを知ったのは、SNSでの友人の投稿から。
「大崎上島の中学生たちが、私塾の授業で、無人島までシーカヤックで行きます。お手伝い募集。」
この投稿を見て、「なんじゃそりゃ」と衝撃を覚えたことを思い出します。
そんな変わったことをする私塾があるのだと。
どうやら、島を教材に学ぶキャリア教育プログラム「島キャリ」という授業の一環とのこと。何だか面白そう、と大崎上島に心を惹かれた瞬間でした。
それから数ヶ月後。今度は、東広島のとあるカフェで、大崎上島の地域おこし協力隊の方がお話会をするという情報が耳に入ります。「ぜひ聞いてみたい」と思い、足を運びました。
大崎上島町でこれから地域おこし協力隊になるという女性がゲストに招かれたお話会でした。大崎海星高校という高校があり、町が高校のなかに公営塾をつくると言います。私は、隠岐島前高校の魅力化プロジェクトの本を読んでいて、広島でも海士町に続く高校があるのか、と驚きました。その公営塾を運営するのが、彼女のミッションであるとのこと。
そして、大崎上島の魅力に惹かれ、お話会に居合わせた友人たちと一緒に、島に遊びに行くことになりました。
初めてのフェリーで、車ごと、船に乗せることにも驚きを感じました。波が立たず、静かな湖のような瀬戸内海を進んでいきます。ワクワクした感情を持っていました。
島に渡ると、先日お会いした協力隊の方と合流。そして、車で役場の支所へ向かいます。そこは、公営塾スタッフの控室。さらにもう一人の協力隊の方とお会いし、お話をしました。
そしていよいよ公営塾の授業を見に行きます。当時の校舎は、ちょうど建て替えに伴っての仮設校舎でした。そのうちの広い一室が公営塾に使われています。魅力化プロジェクトをスタートさせた大林校長先生にご挨拶。
その後は、また場所を移動し、魅力化コーディネーターの方に会いにいきます。「取釜さん」という人物の存在を、それまであちこちで聞いていました。いったいどんな人なのだろう。高校から車で5分。「高志塾」と書かれた看板のある建物に着きます。あの無人島までシーカヤックでいく授業を企画していた塾でした。
建物の中に入ると、ダルビッシュ有のように男前な塾講師の方が出迎えてくれました。(後に、一緒に仕事をすることになる円光さんでした)「取釜さんは、大崎下島での授業に行っていて、もうすぐ帰ってくるので、少し待っていてくださいね」と教えてもらい、塾を見学させてもらいつつ、帰りを待ちます。
私塾のなかには、島の形をした大きなテーブルがありました。また壁側に、ミカン箱がいくつも重なって、本棚として使われています。そして、奥の白い壁には、ミカンの木と、柑橘農家さんの描かれたイラスト。小さな手漕ぎの木造船もあり、まるで島の博物館のようでした。
しばらくすると、取釜さんが帰ってきました。すらっと細身の男性で、「ようこそ!」と声をかけてくれました。そして、「島キャリ」というキャリア教育の授業の話や、大崎海星高校魅力化プロジェクトのお話をしてくださいました。
島にUターンした取釜さんは私塾を始めたのですが、ある時、保護者にとったアンケートで、「子どもたちに、将来、島に戻ってきてほしい」と思う親御さんの数が少数だったことに衝撃を受けたと言います。そこから、島を教材にして、子どもたちに自分のやりたいことや、自分自身のことを理解できるように、キャリア教育プログラム「島キャリ」を始められたとのこと。
そして、統廃合の危機に直面している大崎海星高校の魅力化プロジェクトをスタートし、できることは何でもやろうと、学校・役場と一緒にプロジェクトを進めていると言うお話でした。
何かコトを起こそうとする熱を帯びた空間だったことを覚えています。
そんな出会いのなか、取釜さんに、私自身のやりたいことであった「私塾を開きたい」という夢を相談したところ、「全然できるよ」と、アドバイスをくれ、背中を押してくれました。その後、実際に、私塾をスタートすると、「一緒に勉強合宿をやろう」「無人島シーカヤックに志和の塾生を連れて遊びにおいで」と、さまざまな機会を共にさせて頂きました。
そうした繋がりのなかで、「礼志くん、魅力化プロジェクトを一緒にやろうよ、これから3年が一番面白いよ」と、声をかけてもらいました。私自身も、大崎海星高校魅力化プロジェクトに深く関わりたいと思うようになっており、大崎上島に飛び込むことを決めました。
初めはパートタイムでの、公営塾のアルバイト講師でした。当時、公営塾には、スタッフが2名で、塾生は40名を超えており、手が足りない状況。実際に、手伝い始めると、勉強以前に、塾にそもそも来ない生徒もいたり、なかなか勉強に意欲が向かない生徒もいたり、なかなか手強い子たちでした。
生徒への指導方針や、公営塾の在り方もまだまだ手探りで、構築している途中だったので、時折、公営塾、学校、コーディネーター、役場で、意見がぶつかり合う場面も見かけました。しかしながら、そんな過程があったからこそ、一つずつ、学校と公営塾にともに生徒を育てていく文化が醸成されたのだと思います。
一つ、別の話を差し込みます。
大崎海星高校魅力化プロジェクトの立ち上げ期と重なって、魅力化コーディネーターの円光さんは、島に住む友人と共に、1軒の空き家を借りて「向山海辺の家」というコミュニティスペースを作っていました。その名の通り、向山地区の、海のすぐ側にある1軒の元・商店を活用した場所です。
ここは少し不思議な場所で、遊び場にもなるし、泊まる宿にもなるし、食堂にもなるし、コーヒースタンドにもなるし、使う人・集まる人によって、さまざまな役割を持っています。いろんな使い方を、面白がって、生み出していこう、という思いがあったのだと思います。
ここが拠点になって、大崎上島を訪れる”風の人”が、島を好きになる時間を過ごせる。そして、大崎上島の”土の人”が、自分の夢を具現化する、お試し挑戦の場になる。そんな拠点が、大崎海星高校魅力化プロジェクトの立ち上げと、並行して、大崎上島に存在した意味は、きっと大きかったと思います。
今、大崎海星高校魅力化プロジェクトが始まって、10年が経ちます。振り返ってみると、「とにかく、まずはやってみよう」というマインドがありました。
そして、今、それは島のいろんなところで感じられるようになっています。
高校生にも、大人にも。
結果として、10年前にはなかった、新たな交流の場や、挑戦の場が増えています。
なにより、今、大崎上島には、大崎海星高校があり、島で学ぶ高校生たちの姿があります。
この景色は、島のみんなで創り出したもの。
「これから3年が一番面白いよ」その言葉に間違いはありませんでした。
そして、10年経った今でも、ますます面白い。
さあ、これからも、また未来を面白く、つくっていきましょう。
(まなびのみなと メンバー 笠井礼志)
***
笠井礼志
三重県生まれ。大学進学を機に、広島へ。大崎海星高校魅力化プロジェクトに、2016年度より参画。公営塾のアルバイト講師に始まり、2018年〜2020年度まで、大崎上島町地域おこし協力隊として公営塾スタッフを務めました。
まなびのみなとでは、主に、SCHシンポジウム西日本の事業責任者を担当。また、令和4年度は文部科学省「地域との協働による高等学校教育改革推進事業における成果検証事業」令和5年度は文部科学省「マイスター・ハイスクール事業」の成果検証を代表理事の取釜と担当。こうした事業のなかで得た経験から、地域と学校の協働が、子どもたちにイキイキとした学びを届けることを実感し、広島県(大崎上島町、東広島市)を拠点にその推進に取り組んでいます。
第7回SCHシンポジウム西日本の開催報告はこちら。
一般社団法人まなびのみなとをよろしくお願いします。
一般社団法人まなびのみなとHP・各SNS
HP:
Facebook:
Instagram:
〈ふるさと納税のご案内〉
〈寄付のご案内〉