論文が掲載されるまでのはなし
私は仕事なので論文を書くが、それはどう考えても一般的な営みではない。
多くの人にとって自らが書いた論文というのは存在しない、あるいは卒業論文となるだろう。後者であっても、それなりのマイノリティになる。
さて、論文を書くという事であるが、論文はそれ単体で成り立っているわけではないのである。
多くの自然科学系の研究者が論文を書く際には「テーマの設定→学会発表→論文化→掲載」という流れを取る。
「テーマの設定」だが、基本的に修士までがテーマを授与され、博士がテーマを自ら設定して研究にあたることが一般的とされる(博士号が自ら研究の立案から遂行までできるとみなされる資格であるため)。
テーマを設定したら、まず先行研究の調査を行う。同じことを研究しても意味がないのと、後程述べる研究計画書を書くにせよ先達の存在がないことにはすべて自分で行わないといけなくなるからである。
先行研究を洗ったら、それらで明らかとなっていない点を明らかにすべく、研究計画を練り、研究計画書を作成する。これには「何をどういう目的でどうやって調べる」ということを記載する。これはフォーマット化されているので、そこまで難しくはない(と私は思っている)。ここまででも、大体参考文献として先行論文を10本くらい記載しておくことが多い。
次が学会発表である。
そもそも学会とは何かというと、同行の士の集まり、程度の認識でよい。コミケではなく、オンリーイベントが雰囲気は近い。参加費を払い会場に足を運ぶと、どこをみても、そのテーマの話しかしていないのである。そのテーマの範囲内の素材(疑問)を扱い、見解を述べ、論争が起き、稀に炎上する(私の界隈では論争以降は非常に稀)。
そこで話されている内容はマニアックを極めているので、門外漢には理解不能であることは自覚している。そのため、ある程度大きな学会では、誤謬を防ぐためにもプレスリリース用の時間を設けていることがある。
学会発表の際の参考文献・引用文献はスペースの問題もあるので10本程度だが、実際には50本くらいは読み込んでいる。読み込んでいないものを合わせると100本いかないくらいの論文を取り寄せている。無料で公開されている論文もあるが、いわゆる一流誌だと有料で1本5000円とかかかるので発表に至るまでに出費が二桁万円になっていることはザラである。
無事に学会発表が終わったら、今度こそ論文化である。
投稿する雑誌に合わせて書き方などが変わるが、「要約→導入→対象・手段→結果→考察→結語」の構造は共通している。
そこでは「AであるからB、BであるからC……」という徹底した論理性が貫かれていなくてはいけない。そこで求められる厳密さは学会発表の比にならない。自然科学を表す言葉に「巨人の肩」というフレーズがあるが、まさにそれである。これまでに積み上げられてきた知識を巨人とみなし、それらを縁にその肩によじ登るのである。
自然科学を含めた科学の前提として反証可能性があるため、執筆者はその反証があった際に対応する義務を負う。それ故に、反証できるよう、根拠となる過去の論文をすべて手元にそろえる。わずか一文のためだけに論文を取り寄せたりもする。出費のことを考えていたら研究ができなくなるという言葉の真意はそこにもあったりする。
内容を暗記するまで読む論文が100本程度、読み飛ばしている論文がそのくらい、取り寄せたけどその研究の役に立たなかった論文が同じくらいで、やっと一本の論文ができる。
尤も、論文が書けたからと言って、それが掲載を約束するものではない。あくまでも書けただけである。
雑誌に投稿をするという仕事が始まる。雑誌により、引用形式などが異なるため、ここは文献管理ソフトがないと本当に詰む。
投稿してreject(ボツ)になったら、他の雑誌を当たる。掲載可能性があるインパクトファクターの高い順に投稿していくのは慣習のようなものであるが、インパクトファクターは次の雇用の際の大事な指標なので意味のない慣習ではない。
revise(書き直し)がもらえたら、掲載可能性があるということなので、なによりも優先してその論文を言われた通り書き直す。このとき、手元に参考文献があると時間の節約になる。何度かやり取りして、accept(受領)をもらえたら掲載が内定したことになる。
acceptがもらえたら、雑誌によるが振込用紙あるいは振込口座を指定する連絡がくるので言われた金額をそこに払う(無料で掲載してくれる雑誌もあるが私の分野ではそこまで多くない)。この振り込みが終われば掲載が確定する。
そう。論文を書いても、それ自体でお金がもらえることはないのである(懸賞論文は別)。書けば書くほどお金が無くなっていくのである。
研究の門戸は開かれていてほしい。しかし、ここの構造を企業がどうにかしようとするとCOIの問題が出てくるので、国が責任を持って対応してほしいと思うのだが、研究の結果というのは万人に分かりやすいものではなく、またすぐに役立つとは限らないため、同意を得ることは難しいだろう。
尚、私の最初に掲載された論文は「テーマの設定→学会発表→論文化→掲載」までに50万円以上かかったことを告白しておく。