0002 《ヨーグルトのある食卓.》
ホテルの”朝食”。旅の中でわたしはいつもそれを愉しみにしている。どんなフルーツがあるか、卵はどんな風にいただこうか、パンは何にしようか、朝からそんなことにワクワクする。少しいい雰囲気のホテルに泊まった時には、ハイヒールで朝食会場へ向かうほど気合を入れてしまうわたしだ。
ジェルブロワというフランスの村を訪れたのは、5月の終わりだった。『フランスの最も美しい村』に選ばれているその場所は、薔薇でとても有名だ。人口は100人足らず。宿泊先も選べるほどなく唯一予約できたのが、パリ生まれのフォトグラファーの女性とその旦那さまが営んでいる宿だった。優しいピンク色の薔薇と純白の藤の花が玄関先で迎えてくれる。
それはキャラメルのような甘い香りのする、ヨーグルトだった。鳥の麗らかな大合唱で目覚める朝にふさわしい、優しい口どけの。先に朝食を終えたグループの女性が「ヨーグルトが絶品よ」とわたしにわざわざ声をかけて立ち去っていったのがよくわかる。「これとっても美味しい」とオーナーの女性に伝えると、「わたしが作ったのよ」と言うので、ますます驚いた。小さなガラスの器に赤い蓋がされているそれは、たしかにお店で売っているようではないけれど、手作りとはまったく気づかなかった。あっという間に手元の器は空っぽになってしまう。
それにしても、すごいなと思う。お二人だけで切り盛りしていて、三食の準備から、お部屋を整えること、常に宿泊者が困らないよう気を配ることまでされている。どんなお願いにも丁寧に応えてくださった。その間には学校へお子さんを車で送っていらしてもいた。その上で、ヨーグルトまで作るなんて。スーパーで買うことだってできるはずのに。彼女のお客さんをもてなす姿勢に心打たれる。
今もふとあの格別な味を想い出す。手作りヨーグルトのある朝の食卓。それは彼女の笑顔とともにわたしの中で大切な記憶の一つになっている。
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