自分ではない誰か
期間限定でTwitterに復帰していました。
かなり久々にTwitterにログインし、10日間ほどで再びログアウトしました。
新型コロナウィルスで世間がどう騒いでるのか気になって。
そこで僕が感じたことを書いてみようと思います。
各報道や政府発表や与野党、他にも色んな方のを覗いたのですが、こちらが一番ささりました。
ツイートそのものではないのですが、Newsweekのこの記事。
https://www.newsweekjapan.jp/tokyoeye/2020/03/post-14.php
内容としては、イランにはマッチョ信仰があり、そのせいで感染が拡大している、というもの。
記事を書いたのはイラン出身で、日本に帰化された方。
マッチョ信仰も興味深いのですが、気になったのはこちらの文です。
日本人も危機感は低い。自分は絶対に感染したくない、だけど対策をするのは「自分ではない誰か」。
これが今の日本を的確に表している、と僕には感じられました。
休業補償において軽々しく「カネよこせ」と言えるのは、政府は自分達の面倒をみる責任があると思っているからではないでしょうか。
(休業補償に関しては、前noteもご覧ください)
コロナ対策に限りません。
自分達の生活も健康も自由も平等も平和も、ぜんぶ誰かがなんとかしてくれる。
口を開けていれば、誰かが餌を運んでくれる。
ぴーちくぱーちく。
なんとなくそんな他力本願な空気が、今の日本には蔓延しているような気がしてならないのです。
他人の心理を推測だけで語ってしまうのは良くないことと分かっているのですが。
なんでしょ。
政府も政治家も官僚も「自分達の一部」だと思うのですが違うのでしょうか。
もし、そのあたりの「お上」に問題を感じるのなら、自分達に問題があり、自分達で解決する。
そう思っていたのですが違うのでしょうか。
現代の日本においては、主権は国民にある民主主義だと認識していたのですが違うのでしょうか。
こんな社会が、世界で生き残れるのでしょうか。
Twitterを数年前にやめたのも、どうしても醜い罵り合いが目に入ってしまって、それがきつくてログアウトしました。
今回もそれ覚悟で臨んだのですが、むしろ自分がその罵り合いに参加してしまい、それが嫌になってやはりログアウトしました。
もともと長居するつもりもなかったのですが、いたるところに怒りをぶつけて噛みつく自分が嫌になりました。
しばらくはこっちで冷静に戦っていきたいと思います。
僕はそんなに愛国心ないほうなんですけど、単純に下の世代にこのまま受け渡すのって、ちょっと忍びないんですよね。
少しでも誇れる社会にして、次へバトンを繋ぎたいと思っています。
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