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死刑執行人サンソン

10月の図書はこちら。
「死刑執行人サンソン」
著:安達正勝

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書名だけ見ると、むむ?って思うような本。
確かインスタで誰かがおすすめしてたのを見て、すごく興味が湧いたこともあって今回読んでみた。

なぜ興味が湧いたか?
それは、フランス革命の時にその当時の王、ルイ16世の首を刎ねた男、それがこのサンソンという男であり、その男の人生について書かれた本だから。サンソンという人がどんな人生を歩んだのか、漠然とそこに興味が湧き今回この本を手に取ってみた次第。

死刑執行人について書かれた本という事もあり、本の中身では人を殺すことについて多く書かれており、やはり残虐な描写も多い。ただ、あとがきにも記載がある通り、この本は猟奇趣味のためではなく、死刑執行人として生涯を終えたサンソンという一人の人間のドラマを描くことが目的。

そのため、サンソンの生き様であったり、なぜルイ16世を処刑するに至ったか等を纏めるべきかなと思ったけれど、今回の要約においてはそういった事は一切書かず、ただ感心を持った部分について述べていく。だから要約のパートごとに話も飛び飛び。まさに自己満足。

あと、今回の要約の中では処刑人と言ったり死刑執行人と言ったりと混同している部分があるかもしれないけど、基本的には同じ意味と捉えて頂けますと幸いです。



1 フランス革命以前の世界観

フランス革命が起きた18世紀、その当時やそれ以前の時代における世界観についてこの本を読みながら本当に疑問しか浮かばなかった点が二つあり、どうしても共有したいと思った。特に学びは無いかもしれなけ度ど記載させて頂きます。

1.1 なぜサンソンは死刑執行人になったのか?

そもそもなぜサンソンは死刑執行人になったのか。そこから始めると、実はこの当時死刑執行人というのは、一族の中で代々受け継がれていく職業であった。サンソン自体はその一族の中で四代目にあたるが、そこはどうでも良い。

初代はなぜ死刑執行人を職業として始めたのか?

簡単に纏めます。
当時、初代サンソンは自分を育ててくれていた伯父の娘と大恋愛をしていたが、色々な厄介事が起きてしまったので二人で逃げる事とした。要は駆け落ちをしたってこと。しかし、逃げている最中に大嵐に見舞われ、初代サンソンは何とか一命はとりとめたが、その女性(伯父の娘)は亡くなってしまった。

その時に初代サンソンを助けてくれたのがその地方で処刑人をしていた人で、その処刑人の娘がとんでもなく美人だった。初代サンソンはその娘に恋をし結婚を決意したが、処刑人である父親はその二人の結婚に猛反対。なぜなら、もし娘が結婚した場合に初代サンソンやさらにその子供は処刑人である自分の事を軽蔑し、忌み嫌うだろうと思ったから。

そう思った処刑人である父親は「もし娘と結婚したいのであれば自分と同じく処刑人になれ!」と言い、それでもその娘と結婚したいと思った初代サンソンは処刑人となった。

これが初代サンソンが処刑人となった経緯。

この経緯のどこが不思議だと思ったか。
それは、最初は伯父の娘と大恋愛をしていて駆け落ちまでしていたのに、その道中で伯父の娘を亡くし悲しみに暮れるはずが、ある美人な女性と出会い、その女性と結婚するために処刑人になった。

これすごい世界観じゃない?(笑)
伯父の娘への好意はどこ行った?と、ただただ不思議だなーと思った。
そして、その不思議だと思ったその感覚だけを共有したい。。(笑)

1.2 死刑がお祭り感覚

この頃の死刑執行は、広場(パリだとグレーヴ広場)など公衆の面前で行われており、スポーツ観戦や観劇と同じように大衆にとって一種の気晴らしとして捉えられていた。

だから死刑執行に対して人々は半分お祭り気分で、パンフレットを売っていたり食べ物や飲み物を売る人が声を張り上げたりしていた。今の日本で言えば東京ドームでの巨人対阪神と同じ感じ。まあ、名古屋ドームでの中日対DeNAとも言えるか、、

この時、お祭り感覚だったからこそ逆に人が集まりすぎて、人が圧し合いになり死者が出ることもあったらしい。死刑執行を見に来て、逆に自分が亡くなってしまう、、これもまた不思議だな、、

さらに不思議、というか本当に謎な事。
それが、死刑執行がスポーツ観戦と同じような感覚だったため、その様子をよく見れるように特等席のチケットみたいなのも売られていた。お金持ちである貴婦人たちはそのチケットを買い、そこから死刑の様子を見てたりしていた。

そして、、なんと貴婦人達の中には死刑執行がされている間にHをしている人たちもいたらしい。。

残虐なシーンを見て、逆に燃え上がったのか、、
今の価値観からすると、この世界観が本当に不思議で仕方がない、、


2 人それぞれの正義

この見出し、この本となんの関係があるのか、
そこ自体に疑問を持つかもしれないけれど、ここではなぜフランス革命が起きたのかを書いていく。

まず、ルイ16世というのは、まあフランスの国王になるような王家の中で生まれた事もあり、国は自分たちの好きにしていい、つまり国は王家の私有財産なんだ、という感覚の中で育ってきた。

「国は国民のものだ!」という革命の機運が高まっている中でも、ルイ16世は上記のような感覚を持っていたため、「王政の安全」=「国家の安全」という王政の君主として自分の義務と信ずることを実行してきた。

要は、ルイ16世のこの考えや行いは現代から考えると浮世離れだと思うが、ルイ16世にとってはそれが自分の正義であった、ということ。

「ルイ16世の正義」=「王政を守ること(=国を守ること)」
「革命家の正義」=「自由と平等を実現すること」

これが社会を混乱させ、フランス革命が起きる要因となった。

結果としては後の世代から見ると革命家の敵であったルイ16世が悪いという風に見えるけれど、実際はどちらも正義を貫いて行動していたわけで、一概にどちらが悪い、とは言えないんじゃないかなと思う。(正義があるからと言って人を殺めるのは間違いだけど)

ここで言いたいのは、正義がぶつかり合った時にどうやって対処したら良いのか、というのが自分の中で疑問となった事。正義のぶつかり合いって日常生活でも往々にしてあり得る事で、例えば仕事の中で違う部署の人とそれぞれの主張を言い合い、結局何も前に進められない、とか。これの拡大バージョンがフランス革命であったり戦争なんだと思う。

正義がぶつかり合ったらどう対処したら良いんだろうなー。。
会話をして折衷案を取るしか無いと思うけど、それが出来ないから人々って争い合うわけで、じゃあなぜ人々は分かり合えないのか。。

この点についてはもう少し勉強だな。。


3 ギロチンのパラドックス

この当時、処刑がどのように行われていたかというと、フランス革命前は同じ罪であっても身分によって処刑の仕方が異なっていた。例えば貴族であれば斬首刑であっても、一般庶民は絞首刑、みたいな。

どの処刑方法であっても処刑される側が苦痛を伴うことなく執行されればいいが、そうとは行かず処刑によって一度では成功せず死刑囚がもがき苦しむことが多かった。

そんな折フランス革命が起き、この革命の大元となる「自由と平等」の思想から、身分を問わず処刑方法は同一でなければならないという議論からギロチンが生まれた。

ではなぜギロチンだったのか?
それは苦痛なく確実に執行できるのがギロチンだったから。
死刑囚に対して無益な苦しみを与えない、そのためにギロチンというものが開発されたのである。

現代においてはギロチンは残虐なものとして思われがちだが、ギロチンを構想した人々の意図が人道的なものであったことは疑いようがない。

さて、ではなぜギロチンが残虐なものとして思われているのか。
それは苦痛なく確実に執行できるという事は、簡単に人を殺すことが出来る機械であり大量処刑での道具となってしまったから。

昔ながらの刑が残っていれば処刑するとしても一日に数人程度しか執行できなかった。しかし、その一方でギロチンは執行が容易で50人の処刑を1時間で終えることも可能であった。

フランス革命の「自由と平等」という思想から人道的配慮を元に作られたギロチンが、皮肉にも短期間での大量処刑を生んでしまったことになる。。

ここから学べることはと言ったら特に無いんだけど、自分の思ったように世界は動かない非情さを伝える意味で、個人的に歴史の中で知っておくべき内容だと思ったから要約に追加した次第。


4 そもそも死刑制度は正しいのか?

死刑執行人として生きたサンソンは死刑制度に対して真っ向から批判している。その理由としては下記の通り。

①死に値する犯罪行為だとしても時代によっては称賛される
②無実である人を処刑してしまうこともあり得る
③生まれ変わるチャンスを人間から奪い去る権利は人間にあるか?
④死刑執行人に法と正義の名の下に殺人を行わせて良いのか?

サンソンの中では、死刑制度反対の理由として何よりも①と④が大きかった。

というのもサンソンは死刑執行人という事もあり、その当時世間から忌み嫌われており差別の対象であった。これは人間誰しも死を忌避する気持ちがあり、人間の自然の感情として「死は悪だ」と感じ、この自然の感情が死刑執行人に対して嫌悪感として表れていたため。

こういった世間の偏見とサンソンはずっと闘っていた。

時代によっては敵を殺した兵士は称えられ、相手を殺した決闘者は許されるけれども、処刑台の上で罪人を殺す処刑人はなぜ忌み嫌われないといけないのか?

そして、平和と秩序を守るために死刑制度というものが存在し、その制度がある限りそれを執行する人が必要。ある意味、死刑執行人に殺人という罪を被せているのではないか。

このように、サンソンは人を殺すなんて誰もしたくないのにやらされて、でも世間からは忌み嫌われる、その根源となっている死刑制度を廃止すべきだと強く主張していた。

これまで死刑制度に対して何も意見なんて持っていなかったけれど、サンソンの人生をこの本で知り、死刑を執行する側の人間の事を考えると死刑制度賛成なんてとても言えないなと思った。


ここまで中々の長文となってしまった。。

この本の評価としては、個人的に正義のぶつかり合いや死刑制度について深く考える良い機会を与えてくれる良本だったかなと思う。

死刑執行人の話ということもあり重苦しい内容ばかりだけど、目を背けてはいけない内容なのかなとも思う。

ぜひとも、読んでみてちょんまげ。

お わ り

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