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災害研究者が新型コロナウィルス感染症について考えてみた(4)感染症における経済被害

5月4日、政府は緊急事態宣言を1ヶ月程度の延長することを決定した。新型コロナウィルスの感染抑止に向けた諸政策は効果を上げつつあるものの、医療現場における資源は依然として逼迫していることから、政府は同宣言の延長に踏み切った。ただし、経済活動への影響も深刻であるとして、緊急事態宣言の解除については同月14日までに専門家会議の提言を受けて判断するとしている。

緊急事態宣言の延長に関する報道を受けて、経済活動に関する不安の声が大きくなってきている。5月1日、専門家会議による記者会見が開かれ、政府に対する提言の詳細について説明がなされた。質疑応答では緊急事態の解除に向けた基準やその時期に関する質問が多く投げかけられた。背景には、一連の感染症対策による経済活動への影響が無視できないものになりつつあるという懸念があると考えられる。

専門家会議も感染症対策が経済活動に与える影響について強い関心を示している。先の会見において、感染症対策と経済活動の両立に関する記者からの質問に対して、同会議の委員の中には「法律家はいるが、経済の専門家がいない」(尾身副座長)ために、一連の政策が経済活動に与える影響について、一市民の皮膚感覚以上には理解することができていないことを告白している。(1:00:50頃)当初から専門家会議の中には感染症対策と社会活動の妥協点を探ることが重要であると主張する委員はいたが、感染症(およびその政策対応)が社会活動にもたらす具体的に影響について詳細な分析はこれまで示されてこなかった。

新型コロナウィルスおよび感染症対策による経済被害をどのように考えれば良いのか。災害研究における経済被害の議論を紹介しながら考えてみたい。

1.災害による被害の分類

大規模な自然災害においては、(1)災害による直接的な破壊により地域社会に面的な被害がもたらされるだけでなく、(2)直接被害が元となって社会・経済に対する間接的な影響が現れる。(1)は直接被害と呼ばれ人的被害と物的被害に区別される。物的被害はそれを金銭価値で換算した直接経済被害で表現される。(2)は間接被害と呼ばれ、災害関連死や精神的外傷といった人的被害も含まれるが、経済活動への影響を表す間接経済被害が関心の対象となることが多い。

こうした直接経済被害と間接経済被害は、その推計方法だけでなく、政策議論において期待される役割も大きく異なる。

2.自然災害における経済被害

2−1.直接経済被害の役割

国内外を問わず大災害が発生すれば、直ちにその直接被害が政府により公表されることは少なくない。災害直後の緊急時に直接経済被害が算出される理由は、それが災害観リサイクルにおける復旧復興のステージに向けた政策対応を検討するために必要な基礎資料となっているからである。

災害管理サイクルの進行に合わせて希少な政策資源は変化していく。実際に、発災直後の緊急対応のステージにおける重要な前提は、時間が希少な資源となっていることである。人命救助にあたってクリティカルな時間は一般的に発災後72時間と言われている。また、生存者に対する支援においても、食料や水、医療物資や避難所、情報、生活物資等、移り変わっていく様々な被災者のニーズにタイムリーに応えていかなければいけない。つまり緊急対応においては、財政効率よりも限られた時間の中で被災者への支援を最大化するような政策対応が重視される。こうした意味において、緊急対応のステージにおける政策対応を検討する際に、直接経済被害額という情報が果たす役割は少ない。

これに対して、復旧復興のステージにおいては、平時の社会と同様に、資本が希少な資源となる。生活再建や地域社会の再生を目指すためには、住宅や民間企業資本、公的資本といった資本ストックの再建にとどまらず、企業への融資、教育投資、失業給付や職業紹介、被災者への補助金、イノベーションやインキュベーションへの投資、規制緩和、環境政策、都市計画といった多様な政策対応を動員しなくてはいけない。そして、こうした復旧復興に向けた諸政策を実施するためには、それに先立って財源の見通しが必要である。財源の裏付けがなければ、復興計画を立案することができない。もし、財源の手当てが滞り復旧復興に遅れが生じることになれば、被災者の生活再建や地域社会の再生が遅れるだけでなく、被災地から人口や企業の流出を招き、結果的に復興そのものが困難になりかねない。

つまり、大災害においては、緊急対応の最中に次の復旧復興のステージに向けて求められる公的財政の規模を迅速に推計しなくてはならない。政府はその推計値を元に、被災地の状況や市民の期待値、国内外の社会的情勢を総合的に判断して、財源を措置することになる。

そうした復旧復興に向けて求められる財政規模を検討する上で、直接経済被害額がその基礎資料としての役割を果たしてきたことが分かっている。直接経済被害額とは、物的な損壊を金銭価値で換算した数値であるが、その算定にあたっては再取得価格が元になっていることが多い。(他に簿価、時価、保険金支払額という基準がある)こうしたことは、災害復興を進めていくためには、物的資本を再建するためだけでも少なくとも直接経済被害と同等の資金が必要となることを意味している。実際に、世界の国々ではPDNA(Post Disaster Needs Assessment)が災害直後に実施され、公的資本や住宅再建に必要な財政規模を検討する資料とされる。

過去の大災害の例を見れば、直接経済被害を上回る復興資金が措置された例は少なくない。日本政府によれば、東日本大震災による直接経済被害額は約16.9兆円とされているが、10年間の復興期間で措置される復興資金は約35兆円に上る。阪神淡路大震災では直接経済被害額は約9.9兆円と報告されているが、10年間の復興計画においては約17兆円が政府・自治体とその関連団体から支出された。

なお、こうした直接経済被害額は推計に基づいて算出されることが多い。被災地が広範囲にわたる大災害では実態調査に長い時間を要する。加えて、自治体をまたいで被害が拡大している場合は、自治体毎に直接被害の算定基準が異なるため、整合的なデータを得ることができない。このため、時々刻々と変化する被害情報を元に直接経済被害額を推計する手法の研究が進んでいる。なお、その推計値が現実に近いものであるのか、後から検証するためにも実態調査は重要である。

2−2.間接経済被害の意味

間接経済被害とは災害により失われた経済活動の機会損失を表すものである。直接経済被害額が復興資金の規模を算出するための基礎資料とされる一方で、間接経済被害は復興過程を確認するための指標として位置づけられている。

間接経済被害の計算においては、その概念自体に技術的な困難が潜んでいる。間接経済被害を推計するためには、「もし、災害が発生していなければ被災地の経済状況がどのように推移したのか」という仮想シナリオを知らなければならない。つまり、間接経済被害を得るためには、「災害が発生しなかった場合の被災地の経済動向」を推計する作業が欠かせない。こうして得られた仮想シナリオの数値を元に、観測可能なデータから得られる「災害が発生した被災地の経済状態」に関するデータを差し引くことで、間接経済被害を算出することになる。

さらに推計にあたっては、災害が地域経済の構造に与える影響についても考慮する必要がある。大まかなイメージで言えば、被災地の経済構造が災害の前後で全く変化しないのであれば、例えば、被災前後の国内総生産を比較することで、災害による間接経済被害を推し量ることができる。しかし、実際には被災地の産業構造は災害や政策対応による影響を受ける。例えば、阪神淡路大震災では神戸港の没落や中小製造業の衰退といった問題が見られた。他方、神戸医療産業都市や福島イノベーションコースとといった新産業の創造に向けた政策投資がなされることもある。

つまり、推計された間接経済被害のデータには、災害による取引機会の逸失に伴う負の影響だけでなく、復興政策や経済構造の変容に伴う正の影響が反映されていることになる。

こうしたことから、間接経済被害は被災地の経済的復興の状況を表す指標としての役割を持っていると言える。間接経済被害は災害の発生以降、長期にわたって間接経済被害が負のまま推移している状況が続くならば、災害による経済活動への負の効果が、復興政策や産業構造の転換に伴う正の効果を上回っており、間接被害が依然として残っていることを示すことになる。反対に、間接経済被害が正に転じて推移しているならば、それは災害を経験しなければ実現していたであろう経済状態を上回って現実が推移しているということである。つまり、災害による負の影響よりも、災害後の経済活動の復旧や復興政策による政策投資の効果が上回った結果、被災地の経済復興は着実に進展していると考えることができる。

なお、間接経済被害を推計する手法については経済学の分野でも様々なアプローチが提案されてきているが、有力な幾つかの手法はあるものの、現在のところ統一的な手続きはまだ確立されていない。

3.新型コロナウィルス感染症における経済被害の意義

では、こうした直接・間接経済被害を算出することは、新型コロナウィルスおよび感染症対策によって生じる経済的影響を理解する上で、どのような意義があるのだろうか。

3−1.感染症における直接経済被害の意義

直接経済被害額については、それを推計することはできないし、その必要もない。新型感染症では物的資本の損壊は生じていない。従って、自然災害の時とは異なり、復旧復興のステージにおいて必要な財政規模を算出するためには、別の基準を用いる必要がある。

自然災害による人的被害を経済的価値に換算し、少なくともその金額以上の投資を人的資本に対して行う必要があるという主張もあるが、日本における新型コロナウィルス感染症による死者数は大規模な自然災害に比べて相当低い水準に収まっている。復興資金の規模を推計することを目的として、直接被害である人的被害の経済的価値を推計することの価値は大きくないと考えられる。

3−2.感染症における間接経済被害の意義

間接経済被害については、緊急対応のステージにおいて、社会活動の抑制シナリオの選択における基礎資料としての役割が期待されているように見受けられる。

経済活動への影響を加味した上で望ましい社会活動の抑制のあり方を探るといった政策研究に対するニーズは少なくない。実際、記者会見における専門家会議の委員の発言を聞けば、「現在の緊急事態宣言下における活動自粛が経済活動に与える影響について知りたい」という考えを持っているように思われる。

例えば、MITのDaron Acemoglu教授らによる研究では、米国を事例に人的被害と経済被害の双方を加味した最適なロックダウン政策のあり方に関するシミュレーション研究が行われてきている。疫学におけるSIRモデルの考え方を応用して分析したところ、高齢者を対象にしたロックダウンを実施するほうが、全年齢層を対象にロックダウンを行うよりも人的被害と経済被害の双方を軽減する経路が存在すると主張している。

しかし、仮に様々なパターンで社会活動の抑制を行った場合の感染状況や社会的状況のシナリオを想定し、それぞれの間接経済被害を推計したとしても、その数値を感染シナリオの選択を行うための客観的根拠として用いることは容易ではない。こうした分析結果を元に政策形成を行う場合、どのような人的被害の削減と経済被害の軽減のバランスを取ることが望ましいのか、慎重に検討しなければならない。Acemoglu et al. (2020)の分析の中では、経済被害と人的被害の両方を軽減することができる経路があると主張しているが、人的被害を削減するためにより踏み込んだ対策を行い、経済活動において更なる犠牲を甘受するという方針も理論上は取り得る。こうした場合、社会活動の抑制によって生じる間接経済被害は、感染症およびその政策対応によって引き起こされた経済被害と呼ぶのか、あるいは感染症の被害軽減に向けた防疫投資の経済的費用と呼ぶのか、議論の余地がある。

加えて、リスクコミュニケーションの問題もある。そうした複数の被害シナリオを見た上で、どこまで感染症対策のために経済被害を容認し得るのか、いつまで社会活動を抑制することが望ましいと判断するのか、専門家が議論して何らかの結論を下したとしても、そのことで直ちに社会からのコンセンサスを得られるとは限らない。かといって、そうしたデータを元に専門家や政治家と市民が議論し、社会活動の抑制に向けて時間が限られた中で合意形成を図ることも簡単ではない。

結局、緊急対応のステージにおいて、シナリオ別に今後発生し得る間接経済被害を推計したとしても、それ自体が望ましい社会活動の抑制に向けたシナリオ選択の根拠を示してくれるわけではない。議論を開始するための情報提供としての意味はあるとしても、どのような基準に基づいて人的被害と経済被害のバランスを選択するべきなのか、その問いに答えることは間接経済被害の推計が目的とするところを超えている。

なお、新型コロナウィルスが経済活動に与える影響を速報的に知るためには、様々なマクロ経済統計を観察することも有用である。国内外で四半期ベースの経済成長率がマイナスに転じるといったような経済活動への影響に関する報道がなされてきている。ただし、従来から国内総生産の算出には長い時間を要することが知られていることを考えれば、経済予測で使用されているような様々なマクロデータを注視し、経済活動への多面的な影響を理解するほうが速報性の面で優れている。

4.感染症における経済対策に向けて

こうして考えてみると、新型コロナウィルス感染症の緊急対応のステージにおいて直接・間接経済被害を推計することは、政策形成に向けて有用であるとまでは言えないように思われる。政府はこうした政策形成に向けた基礎資料を用いることなく、以下の困難な問いに答えを出さなくてはいけない。

4−1.防疫投資のコストシェアリング

第一に、新型コロナウィルス感染症の流行とその収束に向けた諸政策の影響を受ける企業や労働者に対して、どの程度補償を行うのかという問題である。感染症の流行を別にしても、政府がより踏み込んだ社会活動の抑制を長期にわたって実施すれば、それだけ経済活動への影響は大きくならざるを得ない。企業や労働者が必要とする補償の水準は、政府の感染症対策のあり方と密接に結びついていると言える。

緊急事態宣言を発令し社会活動の自粛を要請する目的は、ウィルスの感染拡大を抑止すると共に、治療活動や自然治癒により感染患者数の削減を図ることで、クラスター対策で手に負える水準まで感染症を抑え込むことにあるとされた。ウィルスによる犠牲者を増やさないこともそうだが、感染症が蔓延する中で通常の社会活動を行うことは難しいため、早期に感染の収束を図るにはこうした手法が必要であると説明された。ある意味で、感染症対策に起因する企業経営の悪化や失業・倒産、労働者の解雇や賃金低下、教育・家庭環境の変化といった社会的影響は、感染症対策を通じた防疫投資のためのやむを得ない費用(犠牲)ということになる。

ただ、感染初期における政府の対応が遅れたことにより、広範囲に社会活動の抑制を図る必要が出てきたことで、防疫投資の費用は無視できない大きさになりつつある。経済活動への影響を軽減するためには、感染初期の段階で思い切った社会活動の抑制を講じておかなければならなかった。ニュージーランドやベトナムといった国々が早々に感染拡大の抑止に向けて国外からの移動を大幅に制限したことで、その後の社会的な影響は軽微なものとなったことは記憶に新しい。

問題は防疫投資のための費用の多くを、政府に代わって企業や労働者が負担していることである。財政状況に配慮する必要があるということがその理由だろうが、防疫投資の費用の多くを民間が負担すれば、倒産や投資の縮小により企業の供給能力が縮小し、消費者の購買力が低下することで内需が冷え込む可能性がある。そうなれば、結局は経済活動が縮小し、引いては財政収支の悪化や行政サービスの削減に直面せざるを得なくなる。政府はその保険機能を発揮するために、既存の制度との整合性にこだわらず思い切った多層的な支援を行うべきだろう。社会活動の抑制における本当の問題は「現在の自粛活動の継続を行うにあたって、市民はどこまでの経済活動の犠牲(防疫投資の費用)を容認できるか」ということではなく、「自粛を継続するために、政府がどこまで補償を準備する(防疫投資の費用を負担する)ことができるのか」である。野放図な財政拡張に陥ることが懸念されるのであれば、支出の削減よりも近い将来の増税を通じてバランスを取る方が良い。

現状、公表された経済対策に対する市民の反応を見れば、企業や労働者が短期的な休業に耐えられるだけの補償を行っているとは思えない。10万円の現金給付を始めとして様々な支援がなされつつあるものの、生活保護の受給者が増加することも懸念されている

経済活動の停止に伴う逸失利益や費用の全てを政府が負担せよと言うわけではない。しかし、新型感染症が収束するまでの間の休業を可能にするような補償を行えば、社会活動の踏み込んだ抑制が可能になり、感染症の収束も早くなると考えられる。あるいは、補償を通じて新しい社会環境に適応するための初期投資に必要な原資を提供すれば、企業の供給能力や家計の購買力の維持を通じて、感染症が収束した後の経済的復興のステージに向けた基礎を構築することにつながる。

では、社会活動の抑制にあたって、政府はどの程度の補償を企業や労働者に対して行う必要があるのだろうか。感染症においては直接経済被害額を用いてその規模を推し量ることが難しいため、補償に必要な財源の規模をすぐに知ることはできない。とはいえ、個別の事例毎に分析を行い必要な財源を積み上げていくことは、緊急対応のステージにおいて希少な資源である時間を浪費することにつながる。こうした問題に答えを出すためには、国会議員や自治体の長がこれまでの政治活動において培ってきた見識を活かして判断する方が良い。精緻な分析の結果が出ることを待たず迅速に補償を行うことができれば、それだけ多くの企業や労働者を苦境から救うことができる上に、社会活動の抑制による効果も上がることで結果的に補償のコストも小さくなる。財源の確定がなされた後も、給付にあたって資力調査に注力して時間を浪費することは避けるべきだろう。定額給付は所得が低い家計や規模の小さい企業に手厚い支援であることも考える必要がある。現金給付が貯蓄へと回ることが気になるのであれば、企業経営や雇用の動向に影響を受けやすい生産年齢人口に手厚く給付することを考えても良いのではないか。(特に、就職氷河期世代、リーマン・ショックや東日本大震災の発生後に労働市場に参加した年齢層には手厚く配慮したい)

なお、企業への支援については融資を通じて個別の資金ニーズに応えることもできる。まとまった資金を必要とするような場合にも、これは有効な手段である。しかし、無利子無担保の融資を提供しようとするならば、有担保有利子の融資に比べて審査が厳しくなることは容易に想像される。加えて、融資において重要なことは過去の実績よりも将来性であり、そもそも競争力の低い企業はこうした支援の恩恵に浴することができない。さらに、新型コロナウィルスにより社会環境が大きく変わる中で、企業としての将来性や競争力を以前と同様に担保できる企業は限られているだろう。こうした措置は、一定以上の企業規模を有しているか、あるいは競争力の高い企業を対象とした支援策であると考えた方が良い。

4−2.パンデミック後の社会の建設に向けた復興計画の立案

第二に、感染症の収束が見られた後に訪れる復旧復興のステージにおいて、どのような復興計画を描き、そのための財源をどれほど用意するのかという問題が挙げられる。

社会活動の抑制による経済活動の停滞を受けて、政府からは感染症が収束した後に直ちに大規模な財政政策を講じるべきという考え方が示されてきている。景気の相当な落ち込みが見られるのであれば、経済対策の規模はその落ち込み以上とする必要があるという声も聞かれる。

しかし、短期的な経済政策を実施することで感染症対策による経済的影響を軽減し、景気の浮揚を図ることは難しそうである。なぜなら、社会活動の自粛は経済活動における需要を抑制している(あるいは、消費や投資の構造を変化させている)だけでなく、職場や店舗に人が集まることが制限されたことで供給側にも大きな制約が課されているからである。こうした状況は復旧復興のステージにおいても継続する可能性がある。感染症の収束が確認されたとしても、再び感染拡大が起きる可能性がある。また、パンデミックに直面した社会が、それ以前の社会活動、企業経営、労働慣行、文化的習慣、価値規範のあり方を保持しようとする方向に進むとは考えにくい。(例えば、学校におけるオンライン化は常態化するだろうし、Stay home週間が働き方と家庭のあり方について考え直すきっかけとなった人は少なくないだろう)そのような中で、短期的に多額の財政支出を通じて需要を底上げしても、需要に応じて供給を十分に拡大させることができないならば(例えば、小規模なレストランやホテル、劇場、工場等は思うような増産は難しいだろう)、経済活動の拡大は限定的なものとならざるを得ない。また、仮に大規模な財政政策で一時的な景気の拡大を演出できたとしても、その効果が剥落した後には景気の低迷が待っているということは、過去の大災害からの復興において繰り返されてきたことでもある。

復旧復興のステージにおいては、短期的な財政政策による景気の回復を図ることよりも、感染症や災害といったリスクや変化する世界情勢に適応した社会の建設に向けて、持続的な開発計画を策定・実施する必要がある。新型コロナウィルスの拡大の背景には、経済活動におけるグローバル化の進展、都市化の集中、経済構造のサービス産業化、日本の働き方といった社会構造の問題があるが、パンデミック後の社会ではこうした構造も変化せざるを得ない。感染症や災害のようなリスクと共存し、世界の競争環境の変化に適応していくためには、復興財政の措置も重要ではあるが、制度や産業構造の変革に向けた動きを進めていく必要がある。例えば、地方分権の推進、大胆な規制緩和の実施、行政職員の採用やキャリアパスの変更(各省庁は外部人材の要職への登用を推し進め、社会科学を含む博士号の取得を上級職の要件にするべきだろう)、選挙制度の改善、感染症の専門機関の設置、災害・感染症対策を通じた国際協力の推進、社会保障制度の再構築といった多様な政策手段を動員して復興に向けた総合計画を立案しなければならない。

なお、まだ見ぬ新しい都市や社会の形成に向けてどれだけの公共投資が必要であるかと問われれば、「現実に応じて必要なだけ」と答えるしかない。景気の落ち込みに見合う程度の財政政策の規模に合わせて復興計画を立案することは、かえって新しい社会の構築に向けた投資の規模を縛ることにもなりかねない。政府は経済対策の金額をアピールすることよりも、その質を市民に問うべきだろう。自治体も財政の窮状を訴える声は大きいが、地方債を発行してでも協力金の支払いや復興の原資を確保するという声は聞こえてこない。感染症の抑制に向けた防疫投資や復興計画は、企業の損失補填や労働者の生活保障のためのコストではなく、社会が新しい状態へ移行してくための初期投資である。阪神淡路大震災において大規模な復興計画を推進したことで自治体の財政収支が長期に渡って悪化したことも復興財源の調達を躊躇する理由だろうが、行政は企業や市民に先駆けて投資を通じて将来への展望を示すべきだろう。

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