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ケミカルブラザーズとロイシンマーフィー、分身の術MVの一騎打ち!(オススメMV #155)

こんにちは、吉田です。
オススメMVを紹介する連載の155回目です。(連載のマガジンはこちら)

今回は、忍者の分身の術のように人物が複数体に分かれて登場するMVを2つ紹介します。
勝手に命名シリーズとして「分身の術MV」としたのですが、語呂が悪すぎて他の表現を探したもののいい表現がなく、やむなくそのままの表題とさせてもらいました。

実は、人物が複数体に分かれて登場する映像効果のMVは結構たくさんあるのですが、チープな表現となっているものが多く、ほとんど再見することがないのが実状です。
しかし、その中でも何度も見返す優れた「分身の術MV」(やっぱり語呂が悪いですね)があり、今回はその中からオススメを2つ紹介します。

まず最初のオススメの「分身の術MV」はコチラ。
ケミカル・ブラザーズの「Let Forever Be」です。どうぞ!

上のYouTubeのサムネイルがイマイチですが、ぜひ見てみてください。
凝りに凝った映像で、しかもその映像効果が空回りせずしっかり効果を発揮し、何度も見返す優れた「分身の術MV」となっています。

ケミカル・ブラザーズ(The Chemical Brothers)はイギリスのエレクトロデュオで、本連載に過去5回も登場している私のお気に入りのアーティストとなります。
せっかくですので、過去回の中でも特におすすめの2回を紹介しましょう。
・超オススメのオシャレMV:「シャレオツでナイスなMVはこれだ!」
・ヘンテコだがイケてるMV:「カンフーMVって勝手に命名」

この「Let Forever Be」は、1999年リリースの3rdアルバム「Surrender」に収録されている楽曲で、同年に2ndシングルとしてリリースされ、MVも同時に公開されています。
楽曲としても素晴らしいのですが、それよりもMVでの映像のインパクトが強烈で、ケミカル・ブラザーズのMVの代表作のひとつとなっています。
映像での情報量が多く、これだけ詰め込んだ映像の場合は得てして映像が強くなり、かつ雑然とした印象を与えてしまいます。
しかし、しっかりとした構成と様々な工夫により、映像でインパクトを与えつつ印象付けをギリギリの線で押さえ、楽曲とのマッチングが良いMVとして仕上げげているところも技ありのMVです。

そして何より、映像の工夫がめちゃくちゃスゴイ!
今回のテーマである「分身の術」ともいえる主人公の女性と同じ様相の複数の女性でのダンスや演技に加え、違う場面を組み合わせたストーリー展開、大きな顔写真などを使った奇抜性など、枚挙にいとまがありません。
同じ場面でも回を重ねるごとに微妙に違っており、これはパラレルワールドっぽくもあるため、MVに深みを出すことにもつながっています。
ちなみに、パラレルワールドのMVについては、以前の回で解説していますので、ご興味ある方はご覧ください。(以前の回はコチラ⇒「スパイダーバースとも比するパラレルワールド作品だ!」

もう1つ、このMVに深みを出している要素が「不条理」ではないかと考えています。
なぜ主人公の女性が違う場面に転送されるのか、なぜその違う場面が毎回微妙に異なっているのか、なぜそれぞれの場面で主人公が複数に分裂したり大きな顔写真を持っているのか...理屈ではなく、「そういうもの」としてMVのなかでは描かれています。
このMVを観るたびに、つげ義春さんのマンガ「ねじ式」を思い出します。
不条理ではあるが、それを淡々と描き、読者をその世界に引き入れてしまう...「ねじ式」が切り開いた漫画の新世界を、このMVでも実現しているかのようです。

この凝りに凝ったMVをDirectionしたのは、ミシェル・ゴンドリーという映像作家で、自身が所属したバンドのMVを制作したことがきっかけでMV監督になり、ビョークをはじめ多くのアーティストのMVを制作されています。
ケミカル・ブラザーズとは複数作品で組んでおり、そのきっかけとなったのがこの「Let Forever Be」となります。
なお、本連載でもケミカル・ブラザーズとミシェル・ゴンドリーが組んだMVを2つ紹介していますので、参考までに紹介しましょう。
・2015年の「Go」:「このオープニングはめちゃくちゃイイ!」
・2019年の「Got To Keep On」:「不気味なMVの特集だ!」

そして、今回、この「Let Forever Be」のことを調べる中でいくつかの発見があり、そのひとつが1934年の映画「Dames」の視覚効果を取り入れて制作されたという事実です。
映画「Dames」(邦題:泥酔夢)は、モノクロのミュージカル・コメディなのですが、その映画での映像表現が『えっ、この映像表現、1934年ってホント?』と疑わんばかりの表現なのです。
この映画をまだ観ていないのですが、脚本も不条理とのことで、「強烈な視覚効果+不条理」という、「Let Forever Be」のお手本となった作品と思われます。

ありがたいことに、ワーナーの関連会社が一部の映像をYouTubeで公開しているので、ご覧ください。
2つあり、まず1つ目は体全体での表現に特徴がある映像です。
映画「Dames」より「Beautiful Girls」です。

少しチープではあるものの、圧巻の映像表現ですね。
これを1934年で実施していたとは考えもつきません。

そして、もう1つは、顔をメインとした表現に特徴のある動画で、こちらの映像表現も驚くべきものです。
映画「Dames」より「I Only Have Eyes For You」です。

同じ顔写真をたくさん使った映像表現など多少キモイとも言えますが、「Let Forever Be」でも取り入れらえており、時を経ても際立つ取り組みは価値を生むことが証明されているかのようです。

私自身ミュージカル映画は苦手なのですが、この「Dames」は一度観てみたいと思っているものの、ネット配信はおろかDVDでもリリースされたことが無いようで、どうするものか...と思案に暮れているところです。

だいぶ話がそれてしまったので、元の「分身の術MV」に戻しましょう。

1つ目のオススメ「分身の術MV」である「Let Forever Be」は、不条理ながらもストーリーがあり、映像表現も往年の革新的な映画を題材にしつつ狙って制作されていた、いわば「匠(たくみ)の作品」でした。
しかし、2つ目のオススメ「分身の術MV」は正反対で、ストーリーはなく、かつ映像表現も唯一無二の完全オリジナルでぶっ飛んでいます。

それでは、そのぶっ飛んだオススメ「分身の術MV」をご覧ください。
ロイシン・マーフィーの「Jacuzzi Rollercoaster feat. Ali Love」です。

これぞ「分身の術MV」と呼ぶべきMVですが、あまりにインパクトが強く、食傷気味になるかと思いきや、楽曲とのマッチングが良いためか逆に爽やかな印象さえ持ってしまう程、不思議なMVです。

ロイシン・マーフィー(Róisín Murphy)は、アイルランドのアーティストで、1994年に「モロコ(Moloko)」というデュオとしてデビューし、2004年の解散後はソロとして活動されています。
ミュージシャンというより「アーティスト」という表現が最適な方で、まさしく「才人」と呼ぶべきお方ではないかと思っています。
この連載では2回目の登場で、前回のお話の中で「電気グルーヴのおふたりを、ひとりで実現されているような方」と、最大級の誉め言葉で例えましたが、その理由がこのあとの解説でも理解いただけると思っています。
ちなみに、最初にロイシン・マーフィーを取り上げた回もオススメなので、未見の方はぜひご覧ください。(最初の回はコチラ⇒「DUNE2の皇女イルーランは超絶イイが...」

この「Jacuzzi Rollercoaster」は、アルバムには収録されておらず、2018年にシングルとしてリリースされた楽曲です。
そして、MVも同年に公開されたのですが、なんとロイシン・マーフィー自身が監督を務めており、ミュージシャンが自身で監督を務めたMVは最近増えてきていますが、それらの中でも抜きんでたMVとなっています。
ロイシン・マーフィーが自身のMVのDirectionをし始めたのは2015年からなのですが、当初は(ありていに言ってしまうと)凡庸な作品であり、他のMVを参考にしながら自身のテイストを盛り込んで作ったような中途半端な出来のMVとなっています。
しかし、数作目からは実験的な作品となり、この「Jacuzzi Rollercoaster」ではそれらの実験(=チャレンジ)が実を結び、完全オリジナルの唯一無二のMVとして世に出すことができたのです。

本来は、この「Jacuzzi Rollercoaster」のMVの映像表現の工夫や取り組み内容を解説すべきところですが、残念ながらできません。
というのも、この「Jacuzzi Rollercoaster」は、過去の経験や他のMVのエッセンスを組み合わせるなどの通常のMVの制作プロセスではなく、ミュージシャンがアーティストとして楽曲だけでなく映像についても新たな作品として創作した画期的なMVとして存在しているのです。
その証拠に、これだけ印象付けが強い映像ばかりであれば、本来であれば楽曲に比べて映像の押し出しが強く、バランスが悪いMVとなってしまうところ、なぜかバランスが良く、しっかり楽曲も前に出ているのですが、なぜこんなバランスが良くなっているのかが分かりません。
そして、映像も顔のドアップを多用するなどクドイ印象を与えるべきところですが、見終わった後は逆に爽やかな印象さえ残っており、これもまた理解できないところです。
こんなMVは、通常のMV監督(職業としてMVをDirectionしている映像作家)では、作り得ません。
それぐらいこのMVは、いわば常軌を逸している作品と言えます。

この「Jacuzzi Rollercoaster」のMVを観るといつも思い出すマンガのキャラクターがおり、そのキャラクターとロイシン・マーフィーが完全に重なって見えるのです。
そのキャラクターは、マンガ「北斗の拳」に登場する南斗五車星のひとり、「雲のジュウザ」です。
ジュウザは、天賦の才と卓越した身体能力に加えて、型のない「我流の拳」により唯一無二の存在でした。
まさしくロイシン・マーフィーも、誰も真似ない、誰にも真似られない唯一無二の存在であり、それは、この「Jacuzzi Rollercoaster」のMVが証明していると思えてなりません。

さて、2つの正反対とも言える「分身の術MV」(本当に語呂が悪い...)をご覧いただきましたが、最後にオマケで1つ、「ギリギリ分身の術MV」を紹介させていただきましょう。
T-ペインの「Freeze ft. Chris Brown」です。

上の2つのMVほど「分身の術」はしていませんが、アーティストの体で文字を表現する様(さま)が分身の術っぽく、かつこの「Freeze」のMVは殿堂入り確実の名作MVですので、無理矢理紹介させてもらいました。

「Freeze」については、この連載の以前の回で詳しく解説していますので、ご興味ある方はぜひご覧ください。(T-ペインの名作MVを解説している過去回はコチラ⇒「クリスブラウンとタイガのコラボはええよ!」

今回の2つの「分身の術MV」はいかがでしたでしょうか。
両作品とも素晴らしいのですが、ケミカル・ブラザーズの「Let Forever Be」は匠(たくみ)によって製作された名作MVであり、ロイシン・マーフィーの「Jacuzzi Rollercoaster」はアーティスト自らが創作した規格外の名作MVといえ、同じ「分身の術MV」ではあるもののそれぞれ違うカテゴリで頂点を極めた作品と言えるでしょう。
ぜひ2作品ともご覧いただき、比較しながら楽しんでいただければ幸いです。

ではまた次回に。

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