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星に願いを

昨夜、帰宅して部屋着に着替えた妻と僕の手がすれ違いざまにぶつかって、バチッといった。
軽い静電気に思わず二人で目を合わせる。その瞬間がなぜか今日になっても忘れられず、それがたぶん出会ったころの感覚にどこか似ているかもしれないからだった。

妻の母が入院して10日ほど経った。夜中に救急車で運ばれ、その後手術が行われ、手術はなんとか無事に終わった。
手術が終わって妻と義母の様子を見に行くと、意識がうっすらあった義母は「生き返った」と口にした。
妻はたぶん泣くのを我慢していた。
帰り際に「また来るね」と手を握ってから病室を出たのだが、義母の手を握ったのはそのときが初めてだった。

昨日の夕方、入院先の病院の近くに用事があったので、一人で見舞いに行った。
いつもは妻と一緒だから、一人で場が持つか少し心配だったが、そして実際、義母も少し戸惑っている様子だったが、決められた10分という面会時間をフルに使ってお見舞いができた。

仰向けでベッドに寝ている義母は、少しずつ元気になってきていて顔色もよかった。こんな形で上から義母を見下ろしたことなんてなかったけど、やっぱり顔の作りが妻にそっくりだった。目の二重の感じなんて特に。

義母はおしゃべりな人で、昨日も面会中ずっと話していた。
仕事のことが気になるようで、すでに治ったあとのことを考えていて、職場の愚痴を大きな声で話すものだから、さすがに周りの人のことが気になって僕は少し苦笑いをしてしまう。

義母は毎日、星にお祈りをしているらしい。
金星が好きだとも言っていた。
星を見ながら家族の無事を毎夜願っているのだそうだ。家族だけでなく、自分と関わりがある人のことも。
自分が入院しているというのに、自分以外の人のことを思って祈っているなんて素敵だなぁ。
「でも最近、星が見えないんだよ」とぼやいてもいた。

面会の申請用紙の続柄には「義息子」と書いた。叔父とか伯母みたいな正式名称はあるのだろうか? と思いつつ、義理の息子だから義息子でいいやとなんとなく書いてみた。それにしても不思議な出会いだなぁ、とあらためて実感。

その足で、妻を迎えに行った。
助手席に乗った妻の、義母に似ている目がこっちを向いて話してくる。
あ~、親子だな、と思う。

いつも大晦日になると家族で妻の実家に集まるのだが、毎年義母がご馳走を作って待っていてくれる。
それを今から想像したのか、妻は、「今年はそういうのも変えなきゃいけないかもね」と言った。ちょっと寂しそうだった。泣くのを我慢してそうだった。

「いよいよ親がそういう歳になってきたね」と言い合い、「寂しいけれど仕方ないし、できるだけ受け入れて自分たちができることをやっていくほかないね」という言葉で無理やり気持ちを落ち着けた。

疲れている妻は先に横になると言い、少しするとうっすらと寝息が聞こえてきた。
30分後くらいに自分もベッドに行くと、妻の手から本とスマホが落ちた形跡があった。眠っている顔を見ると、やっぱり義母に似ていた。
静電気がバチっとなったときに思い出した出会ったころの顔と、義母の顔がブレンドされたみたいな顔。
安心して眠ってくれ、と思いつつ、そっと布団に入ると、妻が目を覚ましてしまった。
「あ、ごめん。起こしたね」
それからむにゃむにゃ何かを言った妻だったが、またすぐに寝息を立て始めた。

布団の中で小説を読みながら、「そういえば星を見るのを忘れていた!」と急に思い出す。
義母は今日も星を見て祈ったのだろうか。

すぐに布団から出て外を見てみようかなと思ったが、せっかく眠っている妻を起こしたくもなかったのでやめにした。
でも今夜こそ、星を眺めてみようかな。
星に願いを――。

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