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【掘り出し物映画】『サマー・インフェルノ』 怖さ度☆☆

はじめに

 本記事では、全く期待していなかったが面白かった映画を「掘り出し物映画」と称して、紹介していきたい。

 今回紹介するのは『サマー・インフェルノ』というスペインのホラー映画。Amazonプライムで見られる。

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ホラー映画なので、怖さ度を五つ星で表記している(独自基準)。本作は怖さ度☆☆で、そんなに怖くないと思う。カレーで例えると、バターチキンカレーくらいだと思う。ただ、バターチキンカレーは辛くないけど美味しいカレーの代表格だと思うが、この映画も怖くないけど面白い。ただ、グロいことはグロいので、気を付けて欲しい。でも、グロいのも嫌いだし怖いのも嫌いな人、およそホラー映画と名の付くものは一切見ないほうが良いと思う。他に面白いものいっぱいあるので。

 また、一応最後のほうでネタバレがあるので、見出しに注意を記載するが、基本的にこの映画はネタバレで面白さが棄損されるようなタイプの内容ではないので、あまり神経質にならなくて良いかと思う。

あらすじ&分類

 『サマー・インフェルノ』のあらすじは、「サマーキャンプの準備でスペインの山の中の古びたマナーハウスに前乗りした男女4人組が、原因不明の狂暴化によって凄絶な殺し合いの一夜を過ごす羽目になる」というものである。

 ホラーとしてのジャンルは、リアル系スプラッターホラー(ゾンビもの亜種)とでも言おうか。まず、リアル系という名の通り、恐怖の原因を主人公たちが科学的に究明していく。スプラッターホラーというのは、血がいっぱい出るホラーだ。スラッシャー映画と近似の概念だが、スラッシャー映画は殺人鬼の話なので、この映画はスプラッター映画。「ゾンビもの亜種」というのは、人間が変異して理性を失って狂暴化するプロットの映画を「ゾンビもの」と捉えているが、厳密な「ゾンビ」というのはリビングデッド、生ける屍であって、人間が何らかの原因で一度死んで生き返って狂暴化するものだ。ただ、この映画では狂暴化はするが死にはしないので、「ゾンビもの亜種」という分類をしている。

醍醐味

 この映画の醍醐味は大きく分けて2種類ある。

①ゾンビになるが短時間で回復し、またゾンビに戻ることもある。登場人物がゾンビと非ゾンビを行き来するダイナミズム。

②85分という短い映画だが、そのうちのほとんどをホラー描写に割いている動の映画であること。

 ①について、ゾンビ映画の醍醐味の一つは、集団の中で誰がゾンビになるのか分からない緊張感、あるいは登場人物がゾンビに噛まれた時に見せる様々な反応である。『サマー・インフェルノ』はそれをさらに推し進めて、ゾンビが正気を取り戻すというパターンを提示した。しかも、この作品では死なないが狂暴化するパターンのゾンビなので、元に戻った時に人間としての知能もそのままである。ウィル/ミシェル/クリスティの3人の登場人物たちが代わる代わる狂暴化することで、追う追われる、殺す殺されるの関係性が目まぐるしく変わる。狂暴化しても正気を取り戻すことが分かった後は、変化してしまった相手をどのように扱うかで人間ドラマを描き出すことができる。かつ、正気を取り戻した登場人物たちは自分が狂暴化した時に犯した殺人も目の当たりにすることになる。こうした登場人物たちに感情移入することで、観客も様々な情動を追体験することになる。ちなみに、序盤でウィルが狂犬病(実は狂犬病ではない)にかかって暴れる犬を殺すまいとして逆に噛まれてしまうシーンがある。最初は単純にウィルの甘さを描くだけのシーンかと思ったが、このシーンで描かれるウィルの甘さが、後々スパイスとなってドラマを生み出していく。

 先にゾンビ映画の醍醐味の一つは「ゾンビに噛まれた時に見せる登場人物の様々な反応」と書いたが、正直ゾンビ映画で恋人が噛まれてしまって悲しむような描写はもうクリシェの域に達している。そのため、最近のゾンビ映画では、人間ドラマを描く際にはそういったゾンビ化する悲哀よりもむしろ、生存者グループ内の不和をクローズアップするようなことが多くなっている(結局怖いのはゾンビより人間パターン)。観客としても、もうゾンビになった以上回復の見込みはないので、いちいち悲しんでも仕方がないことをもう知ってしまっているのだ。しかし、一度狂暴化しても完全に正気に戻るという設定であれば話は違う。あと10分放っておいたら人間に戻るかもしれない相手を殺すことに対しての逡巡がドラマになるのだ。

 ②について、そもそも、ホラー映画にも様々なパターンがあるが、意外と恐怖描写そのもの、何かが出てきたり、追われたり戦ったりという「動のシーン」は映画全体の尺に対して少ないものが多い。登場人物たちの性格やお互いの関係性を描き切ってから事件を起こさないと、関係性が壊れる面白さがなくなってしまうからだ。そのため、ホラー映画ではメインの主人公グループたちに事件が起きるのは30分以上経ってからで、その間に観客が飽きるといけないので近所の人が死ぬシーンを入れるようなパターンが多い。

 この映画は20分で主人公グループの1人がゾンビ化してしまい、そこから一気に変異/回復を繰り返してひたすら主人公グループの中で追う追われる「動のシーン」が始まって、途中で長いドラマシーンが入ることもなく、60分近く動き続ける。これはなかなかできないことですよ。そもそもホラー映画自体が緩急によって恐怖を演出するパターンが多いというのもあるし、「動のシーン」だけでドラマを表現するのは難しい。『死霊高校』というPOVホラーがあって、学校に入ってからずっと高校生たちが逃げ回るホラー映画だが、ただガチャガチャ走ってるところを見るだけという感じでめちゃくちゃつまらない。一方、この前の記事で紹介した『コンジアム』はタメにタメて最後に一気に本気のホラー演出をつるべ打ちにすることで面白さを生み出している。やはり基本的にホラー映画は「動」と「静」の緩急の付け方だとは思うが、『サマー・インフェルノ』はほぼ「動のシーン」のみで映画の面白さを構成している稀有な映画である。

【ここからネタバレ注意】死ぬべき人間を殺す

 ホラー映画の法則の一つに、「死ぬべき人間を殺す」というものがある。性格の悪い人間、セックスにふける人間は順を追って殺していかなければならない。ここら辺の法則の話は、「スクリーム」シリーズでもネタになっているので見てみて欲しい。

 本作の主人公の1人のクリスティは、めちゃくちゃ性格の悪いお嬢様で、子供が参加するサマーキャンプの監視員をやるのに、ヒールのついた靴で来たり、キャンプのプログラムの安全確認なんかも文句を言ってやりたがらないクソ女である。いざ事が始まっても利己的な選択しかせず、最後には重大な裏切り行為を行う。ただ、なかなか死なない。最後にはちゃんと死ぬけれども、ここもホラーマニアの「こいつは死ぬだろう」みたいな期待を良い具合に裏切り続けて最後まで映画に飽きないようにしてくれる。

 別の映画の話になってしまうが、ホラー映画の「死ぬべき人間を殺す」問題に対する工夫が光っていたのは、『ハッピー・デス・デイ』で、これは主人公がクソ女なので、態度を改めるまで死に続けるループものだ。ホラー映画はお約束がたくさんあるが、映画製作者は日夜このお約束とどう向き合っていくかを考えて、面白い映画を生み出し続けてくれるので頭が下がる思いだ。

 最後に『サマー・インフェルノ』は手垢の付きまくった「サマーキャンプもの」のホラーのお約束を逆手に取りつつ、「動のシーン」を維持しながら85分を一気に駆け抜ける工夫のきいた面白い映画なので、ぜひ見てみて欲しい。

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