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ケロベロスの歌い声は何色か ~戌亥とこ1stアルバム『telescope』全曲考察~

にわかファンの「戌亥とこ」語り。今回は先日発売された「戌亥とこ」の1st ミニ・アルバム『telescope』に収録されている楽曲をすべて考察して、更にそれを踏まえ「戌亥とこ」というシンガーについて深掘りしたいと思う。
ファン歴が短いという以外にも、単純に音楽の知識が少ない中で好き勝手言ってるので、詳しい人が見たら見当違いのことを言ってるかもしれませんが、そのときはどうか指を差して笑ってください。


M1.テレスコープ

ブックレット記載の時間帯はMidnight《真夜中》。その割には明るくて高揚感がある曲調だ。この『telescope』で唯一、素直にポジティブさを覚えるポップチューン。メロディラインの展開はやや複雑で、昔のバンド・ミュージックなんかに慣れている私からしたら"今っぽさ"が強く出ていると感じる。

タイトルの「テレスコープ」は、ご存知の通り"天体望遠鏡"のこと。そのテレスコープを、MVにも映っているサイフォンと重ねているのかもしれない。確かにその二つには、どこか似た佇まいを感じる。

このサイフォンの天体望遠鏡を使って覗き見るのは一体なんだろうか。
コーヒーの苦い香りが、瞬く間に世界を変え、過去と未来を繋げていく。この曲では、自分の小さな世界が、その外に広がる大きな宇宙を形作っていることを、少し昂りつつも、大真面目に思考を広げていく様を歌っている。実際、誰しもがふとした瞬間に哲学者《フィロソファー》になってしまい、そんなひどく個人的な宇宙論に酔いしれた経験は一度くらいあるのではないだろうか?
手元の熱いカップが、はるか遠い銀河の彼方へと繋がってしまうことは本当にあるのだ。真夜中に淹れたコーヒーの、その会心の出来に思わずひとり心を踊らせているときなんかは、特に。

個人的には、とてもすごく好きなテーマ。こういう生活の中にある小さくても確かな幸せを、高らかに歌い上げることが、今の辛いことが多いこのご時勢で一番大事なことだと思う。


M2.六道伍感さんぽ

ブックレット記載の時間帯はDusk《黄昏》。ほのかに薄暗さを感じる、スローテンポのR&B調のチューンだ。伴奏に和笛を思わせる音色が使われていたり、歌詞に古風な言葉選びがされていたりと、クラシックな日本の風情も曲全体から漂っている。

タイトルに使われている"六道"は簡単に言えば、仏教で人間が輪廻転生を繰り返すとされる六つの世界のこと。とこさんの実家である地獄もその"六道"のひとつである。
この「六道伍感さんぽ」では、"赤鬼"、"奈落"、"業火"など地獄を思わせる
言葉がいくつかあるが、恐らく地獄だけではなく餓鬼道や人間道などといった他の世界も描かれている。それらの世界の境界を難なく超えながら、鼻歌まじりに散歩するとこさんの様子が目に浮かぶ。言ってみれば"とこ散歩"のイメージソングだ。

一方でこの曲は、息苦しい世情を生きる私たちの肩をぽんと叩く、とこさんからの"応援"でもある。
"生きていれば辛いことはいくらでも繰り返す。そんな中でも跳ねる足取りで、頬を緩めながら歩くことはできるよ"
普段の配信で"もっと力を抜きな"とリスナーに繰り返し伝えているように、この曲の中でとこさんは、この"黄昏の時代"を散歩する方法を私たちに教えてくれている。

”業火の光 ぱちぱち キレイ”など、暗い言葉と明るい言葉と取り合わせが味わい深い、『telescope』の中では普段のとこさんの雰囲気に一番近い楽曲だと思う。「戌亥とこ」の代表曲として誰かに一曲紹介するなら、個人的にこの曲を推したい。


M3.Twilight Road

ブックレット記載の時間帯はDawn《夜明け》。美しいメロディのバラードチューンで、言葉と言葉の音節を繋げるようにゆるやかに歌っている。そのせいか全編日本語の歌詞にも関わらず、アメリカの女性シンガーの楽曲のような印象も生まれている。

"Twilight Road《夕焼けの道》"というタイトルが付けられているにも関わらず、テーマに"夜明け"が選ばれているという少し解釈が難しい曲。ただ歌詞からは"もの悲しい過去と、その決別"のニュアンスを感じるので、そう考えれば確かに"夜明け"にふさわしい楽曲なのかもしれない。
"君"と一緒に歩いた美しい"夕焼けの道"と、"僕"ひとりになって歩くこれからの"夜明けの道"ということだろうか。なお、夕焼けの空の方が、夜明けの空よりも柔らかい色となるらしい。

美しいメロディと言葉選びに紛れてしまっているが、歌詞の内容は過去の自分の弱さを自嘲しているようで、中々に胸に痛くなる。だが、そんな痛みを抱え込みつつも、まっさらな"夜明けの道"を行こうとするその姿は静かに心を打つ。
また袂を分かってしまった"君"が行く道を繰り返し言葉に出し、捧げられたその祈りには一体どんな想いが込められているのか。そんな切ない想像を巡らせてみてもいいかもしれない。

"夕焼け"から"夜明け"へ。そんな繊細ながらも大きな変化を表現した美しい楽曲。特にCメロの転調部分は、パステルカラーの柔らかな色調の絵に一筆だけ差したビビッドカラーのように鮮烈な感情が漏れ出てて、とても好き。


M4.白夜

ブックレット記載の時間帯はNight《夜》。疾走感のあるロックチューンで、『telescope』の中で一番力強い歌唱を見せている。構成自体は比較的シンプルなバンドサウンドで、その分ストレートな心情が伝わりやすい曲でもある。

その力強い歌唱のために、この「白夜」からはどこかポジティブな印象も受け取ってしまう。しかし、とこさんの歌唱をよくよく聞くとその端々から、"慟哭"や"怒り"といったネガティブなニュアンスを感じ取ることができるかもしれない。
それもそのはずで、歌詞をちゃんと読むとこの曲は大切な人を喪った悲しみを叫んでいるものとなっているのがわかるはずだ。タイトルの"白夜"は、その大切な人がいま存在している星空のことを表している。それがあまりにも光り輝いていているものだから、空が白んでしまい"白夜"になっているという訳だ。

もし"狂気"という感情が見えるとしたら、それは薄暗く渦巻いているような闇ではなく、鮮烈な閃光のようにその目に映るのではないかと個人的に思っている。一見眩しくて美しい、しかしどこかバランスを崩した真白い光。この「白夜」という曲からはそんな光と同じ印象を受ける。
歌詞の中にはその大切な人の"後を追う"ニュアンスを含む箇所もあり、この曲の主人公の心が、その真白い光で燃えていることをより一層示唆している。

そのメロディの力強さが、聴き込むほどに印象を変える面白い楽曲だと思う。しかし、それもとこさんの高い表現力があってのことなので、下手な歌い方をしてしまうと印象が全然変わってしまうそうだ。実は非常に歌唱の難易度が高い曲なのではないだろうか。


M5.残光

ブックレット記載の時間帯はDead of night《夜更け》。「Twilight Road」と同じくバラードチューンだが、この「残光」はより耳に馴染みやすいメロディラインで、また女性的な印象を強く受ける。ふとした瞬間にレトロなニュアンスも顔を出し、幅広い年齢層に受け入れられやすい楽曲だろう。

歌詞は、別れた恋人のことを想い、ひとり涙を堪える夜を描く切ないラブソングとなっている。月の横に浮かぶその思い出が"残光"ということなのだろう。
"かつての大切な人と一緒にいた過去を思い出している"という点では、ここでも「Twilight Road」と比較することができる。ただ、あちらが新しい"夜明け"に足を踏み出そうとしているしている一方で、この「残光」ではまだその恋人の甘い想いを胸にもう少し"夜更け"に留まったままでいたいと悩ましく歌っている。

「残光」と「Twilight Road」は、それぞれ別の作家さんが制作している曲なので、恐らく直接的な繋がりは無いと思われる。しかし、"夜更け"と"夜明け"という時間の流れに注目して、「Twilight Road」に至るまでの”まだ一歩足を踏み出せない躊躇い”を歌っていると考えてみると面白いかもしれない。実際、"夜明け"には足を踏み出さないとならないことを理解している様が繰り返し描写されているため、あながちこじつけでもないかもしれない。

この「残光」は『telescope』の中でも、メロディも歌詞もスタンダードな構成になっていると思う。しかしだからこそ、この曲によってより一層「戌亥とこ」の高い歌唱力が如実に浮き上がっている。


"空色の歌声"を持つシンガー「戌亥とこ」

ここまで『telescope』全5曲の考察をつらつらと書いてきた訳ではあるが、改めて実に様々なタイプの楽曲で構成されているアルバムであると感じさせられる。
「テレスコープ」のひとり真夜中のコーヒーの香りに心踊らせて思わず哲学者になってしまう様、「六道伍感さんぽ」の飄々と地獄巡りをするその浮世離れしたマイペースな様、「Twilight Road」の過去に胸を痛めながらも覚束なげに足を前に進める様、「白夜」の大切な人の死を前に慟哭しながら心のバランスを喪っている様、「残光」の次の朝の到来を予感しつつも甘い思い出にもう少し微睡みたいと甘える様。
これほどに多種多様な世界観を歌い上げるこの『telescope』というアルバムはその一方で、どの曲の中にも例外なく「戌亥とこ」というひとりのシンガーの存在感を確かめることのできるアルバムでもある。
ただ各曲の雰囲気にその声を合わせているだけではない。様々な作家さんが作詞作曲した各楽曲の芯をしっかり捉えて、ちゃんと自分のものとして消化してから、その感情を歌声に乗せる。誰かの借り物ではない、「戌亥とこ」としての感情。だからこそ、どの曲にも真に迫る説得力が生まれていると、私は感じるのだ。

公式のインタビューでとこさんは、この『telescope』を”夜空の移り変わりとともに変化していく感情を表現した”アルバムだと語っている。

確かに空の色はあまりにも鮮やかにその様を変えていく。しかし一方で言えるのは、たとえどんな彩りを変えようとも、そこに広がるのは同じ"ただひとつの空"であるということだ。
あなたはどんな色の空が好きだろうか。その答えは人の数だけ返ってくるかもしれない。しかし、きっと「戌亥とこ」ならば、どんな空の色もその歌声で表現することができるだろう。
"空色の歌声"を持つシンガー「戌亥とこ」。彼女が次にどんな色の空を見せてくれるかは分からない。でも、ただひとつ確実に言えるのはどんな色であれ、どこまでも広がるその”ただひとつの空”を、ファンのみなは心待ちにしているだろうということだ。


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