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終戦から75年。

こんばんは。まみらです。





今日は8月15日。終戦から75年です。


今回のnoteでは、私自身の"戦争”に関して知っていることの現状を書いていこうと思います。


「この若者ごときが”戦争”なんて語る権利あるか?」なんて思う方も入りかもしれませんが、"戦争”を経験したことがない身として言いたいことというか、考えていることはあるので、それを話していこうかと。。。

(何も考えていないってわけではないから)





まず、私の8月15日の過ごし方。

私が8月15日に家で過ごしている場合は、高校野球をテレビ観戦しながら球審が試合を一時中断し、サイレンとともに12:00に黙祷をするので、高校野球中継とともに黙祷するのが通例。

今年は新型コロナウイルスの影響により、中止となった春のセンバツ出場校32校による”交流試合”という形のため、野球部員や関係者のみの応援なので、いつもより寂しいアルプススタンドの様子ですが、ギラギラとした太陽のもとでの黙祷なのはいつもと変わらなかった。



私の勝手なイメージなんだけど、8月15日って晴天だよね?

どれくらいの割合かはわからないけど。。。

少なくとも75年前の1945年の映像を見る限り、昭和天皇の玉音放送の時、雨ザーザーで濡れないように傘などでしのいでいる様子ではなさそうだしね。。。





次に私の"戦争”に関しての情報。

これは教科書に載っている知識(例:戦時中の総理大臣だったり、A級戦犯うんぬんだったり…)ではなく、私のパーソナルなことについて。



・私の家族で終戦前に生まれていたのは祖父と祖母。



・私の祖父の生まれた日は1941年12月8日。日本軍がハワイの真珠湾攻撃をした日。

祖父の誕生日については、小学校3年生くらいに知った。

当時、学校から帰ると宿題してパソコンで調べものするような人間(ネットサーフィンってやつ)だったから、調べものする中で「今日は何の日」みたいなコーナーから知ったのだろう。



・私の祖母の父親は戦死している。

私の祖母の父親(曽祖父)のことについては、物心ついた頃からなんとなく察していた。

それは、家族で集まりのような時に曽祖母の家に行った時、兵士の帽子を被った若者の遺影があったから。

子供ながらに何か思ったんだろう。


亡くなった曽祖父は、私の祖母と祖母の妹が生まれた後に召集され、20代前半で亡くなった。

「戦争で亡くなったんだ」ってことは聞いたことあったけど、どこの所属だったのか・どの戦地で亡くなったのかは分からない。教えてもらったけど記憶がないのか、それとも聞く勇気がなかったのか。

そこまでは覚えていないが、私の曽祖母は11年前の冬に亡くなったので話を聞くことが出来ない…。生前、話を聞いておけばよかった…。

当時は今ほど空気を読むことを考えていなかった子供であったから、何も考えずにどストレートに聞くべきだった。それで話を聞ければ今のように後悔の気持ちはないだろうし、逆に聞くことによって相手を傷つけるような出来事になったとすれば、「何でもズバズバと聞くことはよくない。人には話したくないこともある。」と空気を読むというのを少し学ぶことになるわけだから、それはそれで後の本人のためになったと思うし。

何よりも生きているうちに聞きたいこと聞くべきだった。。。


何年前か忘れたけど、日本武道館で行われる戦没者追悼式の招待があり、「行かない?」って言われたことがあったけど、行かなかった。

きっと招待があった当時に自分自身が「行く!」という状況ではなかったんだと思うが、「何であの時行かなかったんだろう…。」と今は思う。



・日本唯一の地上戦となった沖縄本島・原爆が投下された広島と長崎に行ったことがない。

沖縄本島・広島・長崎について。

沖縄に関しては、旅行で宮古島に行ったことがあるので沖縄自体行ったことがないというわけではないが、宮古島行きに乗り換えるために那覇空港に一瞬降り立っただけ。

国際通りや美ら海水族館といった観光スポットはもちろん、ひめゆりの塔や沖縄の平和記念資料館など行ったことない。

広島や長崎は本当に行ったことがない。

それこそ飛行機で上空を通過…ぐらいかな?



それこそ、今年の夏休みに行きたいなと思っていた。

コロナがなければ…。(正直言いたくないけど…)

広島の原爆ドームを実際に見たかった。

広島の平和記念資料館で原爆についてのことを知りたかったし、オバマ前大統領の折った鶴を見たかった。

8月9日のニュースでよく見る長崎の平和祈念像を間近で見たかった。

もちろん日本以外にも、

ハワイのパールハーバー、

ポーランドのアウシュビッツ、

ドイツの反戦博物館…など、世界でも行きたい場所がたくさんあった。

「てか!ここ行こうぜ!」ってノリで軽々しく行くような場所ではないし、場所によって重苦しい気持ちになってしまうかもしれないけど。。。

”戦争”を経験したことがないからこそ、その当時にどのような出来事があったのかという”事実”を知りたかった。

日本にとっては戦後75年。

私にとっては学生最後の夏休みだったから。

今年の夏…行きたかったな。。。




この夏は行くことが難しいので残念だけど、

コロナが落ち着いて行けるような状況になったら行こう。

それまでに新しい知識を学んでおこう。






さくっと書く予定が気付いたら2000字超え。(原稿用紙5枚以上。笑)

最後まで読んでいただきありがとうございました。

さてと、録画した「太陽の子」見よう。



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