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コミュニティとは「結果」であり「状態」である。【公開文通|セコ→ヒデ①】

日々やるべきことに追われる忙しさが落ち着き、日々を自分軸で組み立てていくようになった途端「あっnoteを定期的に更新していこう」と思い立つ。思い立つものの書いては辞め、辞めては書き、を何度も繰り返し、毎週noteと名付けた週間日記も21回も更新している。

前回の更新は9月。2ヶ月が経っている。じゃあこの期間に何かあったのかと言われると特別な出来事はなく、近しい未来を自分の手にしていくために日々を消費していただけ。書ける時間はあっただろうが、そこまで思考がまわらなかったのだろう。思ったよりも1日は早い。1週間は早い。何かしてても何もしなくても月日は流れ、また1つ年を重ねてしまっていた。

▼公開文通に至った経緯

先日打合せがあった。新しい福祉を発信するメディア「アンフィニプラス」のこれからについてを話し合った。僭越ながらウェブメディアの編集長なる立場を頂いていたにも関わらず運用できなかったことに申し訳なさを感じていたので、この打合せを迎えるまでに妙な緊張感を感じていた。

打合せのことは割愛するが、打合せの場面でヒデさんから「せこさん、文通しませんか?」と提案があった。やるんだったら公開しましょう、とのことでnoteの記事を活用しお互いが考えることを書きつづる「公開文通」をすることになった。

ヒデさんとの出会いは確か奈良にあるぷろぼの食堂で開催した交流会だったっけ?その後、様々な場面でご一緒したり遊んだりしていたけれども丁寧に話し合うことはなかったように思う。ヒデさんも「きっとぼくらは弱いから【公開文通】」で書いているがヒデ&セコは似ている部分がいくつもある。コミュニケーションスタイルも、大切にしている価値観も、やりたいことも。これは憶測だけれども、この公開文通を通し、この憶測が正しいのか間違っているのかを判断していけたらとも思っている。

▼コミュニティって?

ぼくは正直コミュニティってよくわからない。でも三休はコミュニティができているよね、とか、企画したイベントはコミュニティ系だよね、とか評価されることが多い。コミュニティを狙ってるわけでもない。コミュニティとクラファンに辟易しているのは正直なところ。

コミュニティとは「結果」であり「状態」だといまのところ認識している。例えば三休を例に挙げる。三休は障害のある人が就労訓練を行う拠点だがカフェも併設している。そのカフェを地域の方々の遊び場や溜まり場として活用したいと自分企画を2019年にたくさん開催した。音楽ライブには「音楽を楽しみたい人たち」や「刺激を求めた地域の人たち」、マルシェには「休日の過ごし方を模索する家族連れ」、映画鑑賞会には「映画などの文化を愛する人たち」が集まった。

人が集まる理由は「そこにいる人たちに会いに行く」・「自分に関心のあることを経験する」の2つに大きく分けられると思う。2019年はまず後者を意識して開催した。テーマを1つに絞らず他分野にしていった。三休を知っている人、三休に行った人の分母を増やすことに注力した。

2020年は自分企画を少しずつ減らし他者企画を増やしていった。つまり、三休のことを気に入ってくれた人たちが三休を開催場所として何か企画すること。三休を中心に置き、知り合いが知り合いを呼び、その輪を少しずつ拡大していくイメージ。つい最近、立て続けに「三休でこういうのしたいんだ」と相談があったのだが、ほんの少しずつ三休がコミュニティ化していったのだと思っている。

コミュニティとは何かしらのアクションを行った後の結果。人と人、場所と人、場所と場所の関係性がつくられた状態のこと。確かラテン語でのコミュニティの由来は「お互いに与え合う」だったように記憶している。そう思うと、まだまだコミュニティはできていない。コミュニティの種が蒔かれはじめたところだ。野菜と育つのと同様、コミュニティが成熟していくのもスピードが決まっている。僕は負荷を掛けながら成長を促すのではなく、自然に任せながら関係性を徐々にひろげ、そして、強めていくことを選択する。

僕たちは弱い。だからこそ、1人ではなく、みんなで助け合いたい。「早く行きたければ一人で進め、遠くまで行きたければみんなで進め」というアフリカのことわざにあるように、ぼくは遠くまで行きたい。ワクワクした未来に歩む過程を楽しんでいきたい。

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世古口 敦嗣
福祉の線引きを薄めるために、福祉の中で遊んでいます。特に障害をお持ちの方と一緒に。みなさまのサポートはそれらの遊びに活用します。