瞬間移動おじいさんのはなし

中学生の頃、通学路でよく遭遇するおじいさんがいた。

小柄でよく日に焼けたそのおじいさんは、黒いジャンパーを羽織り、いつもゆっくりと歩いていた。
70代くらいだったろうか。
車社会の極みとも言えるド田舎で、高齢者の主な移動手段といえば、軽トラ。
徒歩で移動する人は珍しかったので、何度も見かけるうちに、「あのおじいさん」と認識するようになっていた。
おそらく、一緒に登下校していた友人たちの多くも認識していたと思う。

ところで、自宅や中学校があるエリアは通称「中段(ちゅうだん)」と呼ばれていて、高低差がある「上の段」と「下の段」に対して、そう呼ばれていた。
私がそのおじいさんを見かける場所は通学路であり、つまり中段だった。

だが、ある日気づいてしまった。
習い事があって家族に車で送ってもらうときは放課後に下の段に行くだが、下の段でも、あのおじいさんが歩いているのだ。
パッと見て間違いなくあのおじいさんだとわかるくらいには、私の脳に特徴が刷り込まれていた。

何度も言うが、ここは車社会の極み。
その高低差を日常的に徒歩で行き来するのは小中学生くらいだったと思う。
あのおじいさん、行動範囲が意外と広いのかな、とそのときは思っていた。

そんなある日、母と話していて、たまたまそのおじいさんの話題になった。
なんと母もそのおじいさんを認識していた。
中段と下の段の両方に現れることも。
しかも、車で通勤する母が、帰宅途中、下の段でおじいさんを見た直後、中段でまたおじいさんを見たことが何度かあると言うのだ。

どう考えてもあの歩き方で車並みのスピードで下の段から中段に移動するなんてあり得ない。
ここでおじいさんは行動範囲が広いだけでなく、瞬間移動している説が浮上した。
「瞬間移動おじいさん」は私の中で都市伝説となった。(ド田舎だけど)

しばらくして、また母が新たな情報を仕入れてきた。
近所の事情通として有名なお隣のおばさん曰く、あのおじいさんはこの界隈では有名で、とある情報筋によると、どうやらおじいさんは双子らしいと。
年恰好や行動パターンが似た人物が同時に別の場所に現れる理由としては、非常にシンプルなロジックだった。

なーんだ。
あっけなく私の中の都市伝説は終わった。
だが、瞬間移動おじいさんに疑問を抱いていたのが私だけはなかったこと、大のオトナたちが不思議に思って話題にし、謎を解き明かそうとしていたことが滑稽に思えて、今思い出してもクスッと笑いたくなる。

おじいさん、元気かな。



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