レンとソウ
ある村に ふたりの少年がいました
名前を “ レン ”と“ ソウ ”と言いました
ふたりは いつもいっしょに 野原をかけまわり
まるで兄弟のように 仲良く暮らしていました
木枯らしが吹く ある日
大きな群れが 村に向かってきました
ほとんどの者は茶色の馬にまたがっていましたが
一人の青年だけが白馬に乗っていたので 彼が王子であることは すぐに分かりました
王子は村に入ると ぐるっとあたりを見渡し するりと馬から下りました
「 何かお探しですかな 」
「 今晩泊まるところを探しておる ちょうどよい 悪いが一晩泊めてもらえぬか 」
「 それは それは 何もないところですが ゆっくりしていってくだされ 」
村長はよろこんで旅の一行を招き入れました
村の人たちは たくさんの料理をつくり
焚火のまわりを歌い踊りながら たのしい夜を過ごしました
夜もとっぷり更けた頃
パチパチっ という音がしました
「 なんじゃ? 」
村長が窓の外を見ると
遠くの方で 火の手があがっているのが かすかに見えました
そして みるみるうちに 夜空が赤く染まっていきました
「 火事じゃ~! 」
村中の人が 飛び起きました
「 この者たちを先に! 」
王子は 家来に 子どもと年寄りを高い丘に連れて行かせました
そして 自分は先頭に立って井戸から水をくみ 他の者もそれに続きました
火は あっという間に消えました
「 あ、ありがとうございます。 おかげでみな無事でございます 」
レンとソウは しばらく動くことができませんでした
レンは
( なんて強いんだ あのすばやさ
どんなに重いものでも 軽々と持ち上げられる力持ち
オレも いつか あんな男になるんだ! )
と 思い ソウは
( なんて強い人なんだ
弱い者を守るやさしい男
ぼくも いつか あんな風になりたい )
と 思いました
レンは その日から 池のほとりを走り続けました
大きな石を持ち上げ 遠くへ飛ばす練習もしました
ソウも いつか 王子のような強くやさしい男になるんだと
村の人が困っていることを 進んで引き受けました
一年が経ち 村人たちが 収穫祭をしている時のことでした
村長が ふとつぶやきました
「 子どもたちも ずいぶん 大きくなったの
そうじゃ みんなで かけっこでもしてみては どうかの? 」
子どもたちが 村長のまわりに集まってきました
( かけっこか…
俺は ずっと鍛えてきた 絶対に負けるもんか! )
レンは 鼻をぷくっと ふくらませました
よーい ドンっ!
子どもたちは 一斉に走り出しました
はじめに 村長のもとに戻ってきたのは ソウでした
そして ソウは そのまま 山の方へ走っていきました
レンは その晩から 自分がどうして負けたのかを考えはじめました
でも 答えはわかりませんでした
ある朝 ソウが荷物を運んでいると レンが通りかかりました
「 ねえ レン ちょっと手伝ってくれない? 」
「 いいけど 」
レンは ソウの手伝いをはじめました
おばあさんの家のレンガ屋根を直し
寝たきりのおじいさんに届けるために おいしい水を かめいっぱいに持っていきました
体を鍛えてきたレンは ソウに代わって重いものを運びました
レンは ソウの手伝いをすることは 嫌ではありませんでした
でも 自分がかけっこで負けてしまったことは ずっと引っかかっていました
「 なあ ソウ 収穫祭の日 俺はかけっこで負けて がっかりしたんだ 」
「 ああ あの時のことね…
僕は あの後 寝込んでいたおじいさんに 薬を届ける約束をしてたんだ 」
「 なーるほどっ 」
「 村長さんっ! 」
「 ほっほっほ レンはソウに負けたことがよほど悔しかったみたいじゃのお 」
「 だって 俺は あの日から毎日走って鍛えていたんだ! 」
「 あの日…? 」
「 そう 白馬の王子が現れてから ずっと強い男になりたいと思ってた
覚えてるだろ? あの火事の晩のこと 」
「 ああ 忘れもしないよ
僕も いつか王子のような強い心を持った人になりたいと思ってた 」
「 強い…心? 」
「 うん 弱い者を逃げさせて 恐れず火に立ち向かう強い心さ
あれ以来 僕は 困っている人の手伝いをすることにしたんだ
ここ最近は レンが手伝ってくれて ずいぶん助かった 」
「 頼まれたからやっただけだ 」
「 レンが手伝ってくれなかったら もっと時間がかかったし、
ひとりで大きなレンガや重たい水を運ぶことはできなかった 」
「 どうやら 二人とも あの王子の姿を見て 大きく成長したようじゃな
レンは 強い男になろうと 体を鍛えた
そして ソウは 強い心を持った男になりたいと
困っている人を助けるようになった
あの時のかけっこは ソウのおじいさんへの思いが
かすかに上回ったというところか
勝ち負けは時の運もある
それにしても おもしろいもんじゃの
同じものを見ても 思うことはそれぞれなんじゃな 」
そう言うと 村長は その場を去って行きました
ちょうど その時 ちらちらと 雪が降ってきました
ふたりは両手を広げ くるくるまわりはじめました
「 見てよ レン 雪の結晶もみんな違う形をしてる 」
「 ほんとだ 」
ふたりは 手のひらの雪の結晶が消えるまで ずっと見つめていました
その様子を見ているうちに レンの心もすーっと解けていきました
(おしまい)