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12月30日 PERFECT DAYS を見た。

昨日はトレーニングセンター。その結果今朝は64.4kg、体脂肪5.1%と出た。
まあ、噓でしょうが。。。

本年度の評価の高かった映画「Perfect Days」をアマプラの特典映画(つまりほとんどただ)で見つけたので早速見てみた。

以下ネタバレあり得ますのでご注意ください。



なんというか、ドイツ人であるヴィム・ヴェンダース監督が作ったにしては、「外国から見た日本」という感覚が薄かった。
もちろん合作ということで、日本人から見ておかしな描写はできるだけ避けた、ということもあるかもしれない。
また、役者の選定や風呂といったところでは、日本っぽさを出そうとしているような気もしたが。他の映画での“わかってはいるが、海外では日本のイメージこれだからこういう風に描くしかない”というステレオタイプのいわゆる”忍者末裔””武士”路線(昔の007とか)では少なくともなかった。

2023年の公開なので、役所広司は現在68歳なので2年くらい前に撮影したとすると66歳くらいか。
説明がないので、まあ、それくらいの設定か、あるいは幾分若い(それでも60歳OVERではあろう)。

撮影のきっかけはWIKIPEDAによると”映画製作のきっかけは、渋谷区内17か所の公共トイレを刷新する日本財団のプロジェクト「THE TOKYO TOILET」である”とのことであった。
そのPR映画というのがスタートであったという。
なるほど、私は当該渋谷のトイレに行ったことはないが、人が入る前は透明で、人が入って操作すると色がついて中が見えなくなる、という壁を持ったトイレが実際あるとすると、それはPRしていきたいというのはなるほどだ。

主人公の名前「平山」はヴェンダース監督が敬愛する小津安二郎作品に多く登場する名前だという。日本での映画を撮る際に、その映画を小津作品の系譜に織り込みたい、というような気持ちがあったのだろうと思う。

映画というものは、手塚が自身の漫画でタレント制(ひげおやじなどが様々な作品に登場するような)を取り入れたように、ずばりではないが、俳優は過去に演じた役にイメージを大きく引っ張られる。
典型的なものは、例えば’007役。どの作品に出ても、あたかもジェームズ・ボンドであるかの如く見られてしまう。
そのあたりの映画の癖を逆に利用して、場合によっては昔の小津映画の登場人物が今の東京で暮らしていたら、という設定を自身の中で楽しんだのだろうと思う。

そして随所に出るカセットで平山が聞く音楽。
厳選されている。そして100円の棚から選ぶ文庫本。

幸田文には痺れた。さほど有名ではない”木”は、平山が”友達”と無意識に感じていた”動かない”生物である樹木との連想もあるのだろうか。

以下、再びWIKIPEDIAより、使われた音楽と本の箇所を引用する。
音楽
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劇中で流れる音楽はヴィム・ヴェンダース自身によって慎重に選ばれ、作品の重要な要素となっている。ともに選曲にかかわった共同脚本の高崎卓馬によると、ヴェンダースは製作の早い段階で「演出効果のために平山が聞くはずのない音楽を使うこと」を自ら封じ、時間をかけて選んでいったという[44]。

「朝日のあたる家」(The House of the Rising Sun)アメリカのフォークソング。アニマルズと浅川マキの2つのバージョンが用いられている。後者は、歌唱:石川さゆり、ギター伴奏:あがた森魚。
ヴェルヴェット・アンダーグラウンド「Pale Blue Eyes」
オーティス・レディング「ドック・オブ・ベイ」((Sittin' On) The Dock of the Bay)
ルー・リード「パーフェクト・デイ」(Perfect Day)
パティ・スミス「Redondo Beach」
ローリング・ストーンズ「めざめぬ街」((Walkin' Thru The) Sleepy City)
金延幸子「青い魚」[45]
ヴァン・モリソン「ブラウン・アイド・ガール」(Brown Eyed Girl)
キンクス「サニー・アフタヌーン」(Sunny Afternoon)
ニーナ・シモン「Feeling Good」
書籍 [編集]
平山が手にする文庫本のうち、書影が映されるか題名が言及されるもの。[46]

ウィリアム・フォークナー(大久保康雄訳)『野生の棕櫚』中公文庫、1954 ISBN 978-4102102046(原題:The Wild Palms)
幸田文『木』 新潮文庫、1995 ISBN 978-4101116075
パトリシア・ハイスミス(小倉多加志訳)『11の物語』ハヤカワ・ミステリ文庫、2005 ISBN 978-4151759512(原題:Eleven)



平山の造形を見て思ったのは、デンゼル・ワシントンの”イコライザー”と似ている、というところだろうか。
何もない部屋で、本を読んでいる。
過去がよくわからない男として、人々の前に出てくる。

だが、冷静に見える平山は、結構センシティブで中に激情をどこか残しているイメージもある。もろい面もありそうだ。

海外のメディア批評では、低賃金労働を美化している、との評もあったようだが、ちょっと違う気がする。
あえて低賃金労働に沈溺している(美化ではなく、逃避)と、そうした優劣を超えて生きる手段としてたまたま、しかし人とそれほど関わらなくていい職業を選んでいる、という印象を持った。

この辺りはまた考えてゆきたいところだ。

(やはり前評判に違わぬ良作でしたね)







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豆象屋
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