あのウイルスってほんとうなの?はおやすみ4😴
リアルなスピリチュアル
◉それは違うんじゃないのか?
昨日はまだまだ扁桃腺が腫れていて、熱が出たり引っ込んだりみたいな感じで、身体を動かすとあらゆる所の筋肉が攣ってしまう始末でした。
おかげさまで気管支や肺には影響が無かったのがありがたかったです。2年前に急性肺炎やってるから、次にやると死ぬかもと言われていたのでね😔
さて今日は物申すって感じです。あるYouTubeの動画で、今回の大地震をなぜそうなったのか?神様に聞いて、それを話していた投稿がありました。
これは明らかにダメだと思うのです。
スピリチュアルでも霊感でも何でもなく、人として問題です。
情報の真偽では無く、個人や知り合いの中で話すのはいざ知らず、公の場で被災者が直接目にするかも知れない中で、それを話すのは違います。
災害は日常の中にはありません。いわゆる感覚がとち狂うほどの状況です。私は阪神淡路大震災で、道を譲る譲らないで土建屋の男性5人と主婦が喧嘩しているのを見ました。
普段はか弱い女性だって、屈強な男性に啖呵を切っているほど、本能の叫びは度が外れているものです。
逃げる為に必死なのです。そんな場所に収めてくれる警官も自衛官も居ません。
そして夜には暗闇と寒さに怯えて、明日はどうなるのだろうという考えが、ぐるぐる回るばかりで、何一つ安心するものはありません。
配給の弁当は夜にはとても冷たくて、箸が刺さらない事だってありました。そんな中でグッと我慢して声を押し殺して、泣かずに誰もが毎日を、これから数ヶ月も過ごすのです。
そんなところにそんな人たちに、あそこにはこういうエネルギーがあってどうのこうのとか、全く関係ないのです。
人の痛みに寄り添わない、スピリチュアル的な情報を述べたところで、誰も幸せにはならないのです。あなたの宣伝でしか無い。そうでなければその事を伝えた神が、アホとしか言いようがない。
そんなスピリチュアルなら、そんな神なら私は要らない。
そんな話を聞いた人はどう思うのか?です。単純に神を恨むでしょう。「人智を超えたものならばこそ、事前に教えてくれれば良いのに」とか、「それこそ神様が防いでくれたら良いのに」と思うはずです。
確かに人は身勝手です。わずかな賽銭を投げつけて、自分の幸せを祈る事が多いです。ですがだから悲しい思いをしても良いと言う訳ではありません。
そんな人の弱みに、大自然の摂理とか地球の摂理とかを押し付けないでほしい。そんな正義や正論を押し付けないで欲しい。
それが神に仕える巫女なのか?です。そう言われても、そうだからこそ神にもの申さねば、真の巫女ではない。
昔の家老は殿様に間違いを正す時には、陰腹を切って死ぬ間際の話として、伝えるという存在でした。巫女つまり受霊も同じ立場なのだから、その情報に対してそのまま受け入れるのでは、あなたは単なる伝言係でしか無い。
リアルなスピリチュアルとは、現実に寄り添ったものであるべきです。そんなお告げをするくらいなら、人々の安寧を神に頼んで下さい。
今日はあまりにも腹が立ったので、思い切って書きましたが、すべてのスピリチュアルや霊能者がこういう人ではありません。
私たちが今まで知り合った人たちは、こういう場合には普通の人より伝わるものがあるので、より心を痛めていました。
客観的な情報は情報であり、それと現在進行形の不幸を一色単にしているのは、本当の神と繋がっているのか?それかその人のつながっている神は人が嫌いなんじゃないのか?と思います。
人としてどうあるべきか?が問われる状況が生まれる時代に突入したのですから、そういう観点で神からの伝言はして欲しいものですね。