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髪結いあかねの正直な半生
みなさん、お元気でお過ごしでしょうか?
バンクーバーは昨日まで秋晴れやったのに今朝は冷たい雨が降っています。
豆と小鳥 はなしの止まり木⑧は
先月の続編、髪結いあかねの半生をお届けさせていただきます。
お仕事、家事の合間のちょっと休憩、又は秋の夜長のお供にお聴きくださったらうれしいです。
作:ナミン
朗読とサムネのイラスト:バク
ポッドキャスト、youtubeはこちらからどーぞ!
髪結いのあかねの美容院から歩いてすぐの純喫茶「ロマンティック」のママすみこは面倒見が良くて頼りになるけど、噂好きでちょっとお節介、
どの街にもきっといる典型的な喫茶店ママである。
現在、70近くになりながらも、
お客さんに仕事を手伝ってもらいながらも
週に5日、朝8時から午後4時までは営業している。
あかねの美容院同様に喫茶ロマンティックも昔からの常連だけでなんとかサバイバルしてきている。
この小さな川沿いの商店街は互助会的にお互いがお互いをお得意さんにして成り立っている、ある意味あったかく、ある意味めんどくさい閉鎖的な村社会なのだ。
すみこはコーヒーに堂々とお湯を足してアメリカンコーヒーを作りながら、いつものように午前中の一服にカウンターに座ったあかねの幼馴染の同級生、魚屋のやすしに話しかけた。
すみこ「やすし、それにしてもさ、あかねはまだ若いのに何を好き好んであんな禿げポチャのヒモに入れあげちまったんだろうね~。つくづくあの子は男運がないね~。まなみちゃんの父親はいい人だったけど、あんなことになっちまったし、今回はよりにもよってヒモだよ。全くお母ちゃんのとくさんもおちおち天国で成仏してられないよ。。。」
やすし「それは俺もちっとは気にしてるんだけどよ、あかね本人がめちゃくちゃ幸せだって言うもんだからよ、外野は黙って見守るしかねーのかなって。それにかれこれ、もう2年近く仲良くやってるじゃねーか」
すみこ「あかねは小さい時から器量よしで性根の優しい子だから、若い頃からよく男にモテてたのに美人薄命とはこのことかい?わたしゃ、不憫でならないよ」
やすしはココロの中で「またまた始まったな、すみこママのお節介が」
とすみこの話をほぼほぼBGMにしながら、頭の中では5年前に駅前にイオンモールがオープンしてから急減している今月の売り上げについてじくじくと考えていた。
そろそろ受験の体制に入らなければいけない中2のたけるの塾の費用をどうやって捻出すればいいものか。
それでも、慣れたもんで和太鼓の合いの手のようにタイミングを見計らい
絶妙に相槌を打つやすしを相手にすみこ節は続くよ続くどこまでも。
すみこ「高校を卒業して、とくさんの口利きで市役所の職員になれてホッとひと安心だったのに、市役所に届け出を出しにきた腹話術士のたけしさんに見初められ、おまけにスカウトされちゃって、あかねもいわゆる一目ぼれ、たけしさんにぞっこんになっちまって、突然『私は腹話術士として彼と生きていく!』って」スコンと市役所を辞めて、とくさんを置いてたけしさんの巡業についていってちまってさ」すみこはたっぷりバターを塗った厚切りトーストをガブリと齧り、盛大にパン粉をまき散らした。
やすし「あの時は俺もあかねに考え直せって何回か説得しようとしたんだぜ。でも、あいつ、自分で決めたことにはめちゃめちゃ頑固でよぉ、ホイホイ巡業について行っちまったよな」やすしはアメリカンを一口啜り、タバコに火をつけた。
トーストを食べ終わり満足気なすみこは「数年は楽しく巡業での生活を楽しんでたみたいだけど、突然、たけしさんがあんな風に亡くなっちゃってさ、あの時、あかねはたけしさんの子を身ごもってて、確か妊娠6か月だっただじゃないか。」と愛用の猫のマグカップにタプタプにコーヒーを注ぎながらつぶやいた。物忘れがひどくなりつつあるのに何故か昔の記憶だけは正確に覚えている。
むむむ…あかねは出るタイミングを完全に逃し、狭いトイレですみことやすしの話を全編しっかりと聞いてしまっていた。あかねは今月のツケを支払いに「ロマンティック」に立ち寄った時、すみこは奥にひっこんでいたので、ちょっとトイレを拝借していたのだ。すみこもやすしもあかねがいるとはつゆ知らず。。。
しかしなぁ、あかねは不本意な思いで満タンである。だってあかねは我が半生を全肯定しているのだ。スポットライトを浴び、愛するたけしさんと日本全国をバスで廻ったあの数年間は私の青春のハイライトだ。後悔は全くしていない。そして、まなみは愛したたけしさんとの共同最高傑作だ。会ったことのないお父ちゃんの話をまなみには子守歌代わりに小さい頃からよく話して聞かせた。たけしさんがどんなにみんなから愛され尊敬されていたか、私をどんな風に愛してくれたか、私がどれだけたけしさんを愛していたか。「生まれてきてくれてありがとう。まなみは純粋な愛の結晶なんだよ」と繰り返し話してきた。でも、あれから18年の歳月が過ぎ、やっと私は第2の人生を始めることができたんだ。そしてたけしさんを愛したように私は今、じんちゃんを愛してる。若い頃の沸点に達する燃えるような気持ちではなく、低温鍋のようにジワジワとしっかり全体に火が通る急がない安定した静かな愛で。それにしても、もうすぐ朝イチの予約のお客さんがやってる来る時間。どーしよう、どうやってここから脱出すればいいのか途方に暮れ、空を見つめるあかねであった。