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恋のチカラは偉大だ
豆と小鳥はなしの止まり木#12は
創作ショートストーリをお届けさせていただきます。
毎度のように
作:ナミン
イラストとナレーション:バク
の61歳コンボで創り上げました。
youtubeとポッドキャストはこちらになります。
眠れない悶々夜に
まだ眠い朝の支度中に
帰宅途中の通勤電車なんかでお聴きくださいな。
俺はバイト先のほのかさんが好きだ。
親に黙ってバイクを買う魂胆でうちからチャリで17分程度のネパール料理屋さんで週に2.3回バイトを始めたのは約4ヶ月前。
それまで部活をしてたからバイトは今回が初めてなんだ。
サッカーをしてたんだけどあまりにめんどくさい人間関係にうんざりしたのと、だいたいわかるじゃん、来年、レギュラーになれるかどうかも。
で、このまま2年続けることを考えるとクラクラしてきて辞めたんだ。
まっ、どっちみちいてもいなくても変わんねえ選手だったから、
全く問題なし。
で時間がたっぷりできたんで高校生の間にやりたいことってなんだろ?って軽く考えてたら、ある夜、バイクで北海道をひとり旅してる人のyoutubeを見つけて、「これだ!」って思ったわけ。で現在に至る。
ほのかさんのことを「好き」だと自覚したのは、つい最近のことなんだ。
彼女はホール係、俺はキッチンヘルプとしてバイトしてるんだけど、
先週、ちょっとした事件が起きたんだ。
酔っ払っいオヤジの客がほのかさんに絡んできたんだよ。
最初、オトナのほのかさんは適当にあしらっていたんだけど、
オヤジはどんどんエロがエスカレートし、彼女の腕を引っ張り、
一緒に飲もうと言い出した。
その時、カラダが先に動いたんだ。
カウンターの向こうのキッチンから俺は瞬間で飛び出して、
オヤジが掴んでいた彼女の腕を放し
「お客さん、いいかげんにしてもらえませんか。
うちはそう言う店じゃないんで」とキッパリと言い放った。
店主マハトさんは穏やかでいい人なのだが
驚くほど気が弱く、日本語もそこまで流暢ではないので、
髭を震わせ立ち尽くしていた。
エロオヤジは連れの人にもたしなめられ、
高校生丸見えの俺に止められた恥ずかしさからか、
すごすごと支払いを済まし、猫背気味に店から出て行った。
ほのかさんは俺の目をしっかりと見つめながら
「航平くん、本当にありがとう。かっこよかったよ」と言ってくれた。
店主マハトさんも「素晴らしいよ、航平くん、助かりましたよ、ダンネバード(ネパール語でありがとう)」とその日の賄いは豪華にマンゴーのラッシーとチキンカレー大盛りを出してくれた。
「楽勝っすよ」と照れくさかったけど、
実は人様のお役に立てたことが嬉しかった。
勉強もスポーツもルックスも全て並、目立たない俺は褒めてもらえることの少ない人生を歩んできたから、尚更に嬉しかったんだ。
その夜、白い息を吐きながらチャリをこぎの帰宅中、
ほのかさんの「かっこよかったよ」が何度も脳内再生され、
固くなってる自分に気がついた。
それが恋のはじまりって訳。
ほのかさんは大学2回生で23歳だ。
高校生の時、病気になり長期入院していたため、
ちょい遅れてしまってるらしい。
今、元気にバイトできてることが奇跡みたいに
幸せなんだと休憩時間に話してくれた。
そうなのかぁ、バイトできるのが奇跡みたいに感じる人もいるんだと
人生経験の浅い俺は新鮮な気持ちになった。
痛みを知っている人は優しいってことを
俺はほのかさんから学んだ。
マハトさんのコドモがインフルになった時、
彼女は5日連続で長時間シフトに入ったけど、
嫌な顔ひとつ見せずにマハトさんの不在をバックアップしていた。
よく気がつき、辛い料理を食べて水をおかわりしたいお客さんを素早く見つけ、ライムの入った水を大きなグラスに入れて客席のホールを廻る姿は優雅でずっと見ていたくなる。
入院生活が長かったほのかさんは読書が趣味で、
休憩時間はチャイを飲み、単行本を読んでいることが多い。
時々、髪をかきあげる仕草が色っぽくてやばいやばい。
チラッとタイトルを見ると
ポール.オースターの「ムーンパレス」と書いてあった。
本を読んだことのない俺がその「ムーンパレス」の本を買って、
今、読んでるんだ。
正直、どこがいいのか全くわかんねーけど、ほのかさんとの共通の話題がほしくて、彼女が好きなものを知りたくて頑張って読んでるんだ。
すぐに眠たくなって全然、ページが進んでないけどね。
昨日、ほのかさんのバースデーが5月17日なことをマハトさんから聞き出した。カレンダーを調べたら土曜日じゃんか。
何気に彼氏いるのかなぁと探りを入れると、マハトさんは「ほのかさんは自分の事をあまり話さないからよく知らないけど、そんな話は聞いたことないし、多分、No boyfriendだよ」って、俺の気持ちに気がついたのかウィンクした。
よっしゃーっ!ココロの中で四股を踏んだ俺は彼女のバースデーの日に好きだと告白することを決意した。
16歳の俺を23歳のほのかさんが受け入れてくれるか、勝算は低いってわかってる。7歳差は俺らの年代だとえげつなくでかい。
でもでも、ちょっと前に見たんだ。85歳の人に「人生で何に後悔していますか?」ってインタビューしてる動画を。そしたら、85歳の人がきっぱりとこう答えたんだ「もっと冒険すればよかった。もっと挑戦したらよかった」って。実際に85歳まで生きてる人がそう言うってことは、
きっとそう言う事なんだよ。
だから俺は冒険して挑戦して生きていくことに決めたんだ。
決意してからと言うもの、
俺はあと4ヵ月の間に身長を170cmにリーチさせたくて、
牛乳を大量に摂取し、
食べ物の好き嫌いが多いのは子供っぽいんで苦手な野菜を克服し、
お姉ちゃんのシートパックをそーっと拝借し、
腕立てとプランクを毎日100回し、
Gu以外の服を初めて買った。
寝る前にはポールオースターの「ムーンパレス」を読んでいる。
ほのかさんはまぁまぁいい大学の文学部に通っているので、
彼女につり合うために生まれて初めて勉強をしている。
それまでなんとなく生きていた俺はほのかさんを好きになって
確実に変身した。
恋のチカラは偉大だ。
事情を知らない幼馴染の友達は俺の突然の変化に部活を辞めて退屈なあまり、頭がおかしくなったのかとウワサしているらしい。
見ておれ、年上のお姉さんとデートしているところを見せびらかしてやるからな。その日を待っておるがいい。