生きた日々はデータでもストーリーでもない

事例報告の倫理を考えるシンポジウムにスピーカーとして参加しました。
学会やセミナーで事例を挙げた発表に数多く接します。中には、ここまでの詳しい内容を公表する必要性が理解できないものもあります。

治療に苦慮するスキルス胃がんの未来の治療選択に繋がることを願って、夫は第一相という臨床試験の人間に初投与段階に参加しました。
死後は病の解明を願い剖検という病理解剖を自ら願い出ました。
研究上はデータであっても、夫の人生はデータではありません。


「被験者(患者)の利益は科学と社会への寄与よりも優先されるべき」


「ヒトを対象とする医学研究の倫理的原則」ヘルシンキ宣言に書かれていることです。
誰もが発信者となれる今、この一文の重みを改めて感じます。
事例検討のみならず、普及啓発の場面にも当てはまることではないかと思っています。

医療やケアの進歩を願った命を事例として扱うことの重みを問うて欲しいと願います。
生きた日々はデータでもストーリーでもなく、当事者のみならず、その家族にも繋がる人生なのです。

深い学びと議論に参加し、頭と心が覚醒し続けています。
AYA研が問いかけた一歩が着実に広がっていくことを願っています。

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Romi
全国胃がんキャラバン、多くの人にがん情報を届けるグリーンルーペアクションに挑戦しています。藁をもすがるからこそ、根拠のある情報が必要なのだと思い、頑張っています。