2 丸のみした家 中編
こちらへお電話して訪問日程を決めたのは奥様でしたので、ご主人はわたくし達を警戒なさっておられるのだと解釈し、ひとまず勧められるままに客間の和室へ入りました。
家の中はごうごうごうという音以外には人の気配もなく、ひんやりとした室内はまるで石櫃(せきひつ)の中のような感覚でした。
同行した職人にはごうごうごうという音は聞こえていない様子でしたが、異様にひんやりした家の、それでいてねっとりした空気に若干気分が悪そうでした。
「わたくし●●さん(リフォーム会社社長)より依頼を受け、先般奥様とお電話でお約束いたしました西野豆狸と申します。こちらは弊社の工務担当の東野でございます。よろしくお願い申し上げます。
奥様は本日ご不在でございますか?」
とお尋ねしたところ、奥様は昨晩から胃痛を訴え救急車で運ばれたのだとのことでした。
大事には至りませんでしたが、様子をみて現在入院中であり、今朝も痛みを堪えてわたくし達が来るから、必ず対応してとお願いの電話がかかってきたと、ご主人がわたくしを睨みつけておっしゃいました。
こちらのお宅はご主人の両親、ご主人夫妻、息子さんの5人家族。
息子さんはせっかく新築を建てて一緒に住み始めたのに、お仕事で出張が多くなり、週に1度程度しか帰ってこないとか。
住み始めて数か月後、ご主人のお父様が廊下で転んで骨折入院。入院中に肺炎にかかり命に別状はなかったものの、コロナ禍で見舞いにも行けずお一人で過ごすうちに認知症を発症して、現在は老人ホームにお住まいとのこと。
ご主人のお母さまは半年前、初期の胃がんが見つかり現在治療中で入院。
ご主人自身も体調がよくなく、しかも北側の寝室にしているお部屋は湿気が強く壁に黴(カビ)が出て、掃除しても、壁クロスを貼りかえてもまた黴(カビ)が浮いてくる。
寝ていても不快感があって夜中に何度も目が覚めるので、常にだるいという健康被害がありました。
奥様も胃が弱く、痛みもあったものの家の建て替えや引っ越し等々の多忙な中、ご主人と同様に寝室で寝苦しい日々が祟ったのか、昨夜ついに救急車を呼ぶことになってしまったと伺いました。
余談ですが、このご主人は大変横柄な方で、現在お困り事やご希望をお尋ねしながらご自宅の中を見せていただく間も、「どうせあんた達も何もせん(出来ない)のやろう」などと辛辣(しんらつ)なお言葉を吐かれておられました。
実は奥様にはお電話で少しばかり聞き取りも行っておりましたので、改善の方向性は決めておりましたが、第一の原因は家の中心付近にある井戸をのみ込んで造られたこの家の間取りでした。
簡単にご説明すると、玄関を入ってまっすぐ伸びた廊下の奥つきあたり手前が少し広くなっており、そこに井戸がありました。
井戸は昔からそこにあったものを綺麗にして、この家の廊下の一部に残したまま周りの土間部はコンクリートで固めて排水管を繋ぎ、玉砂利の洗い出しで整えてありました。
奥様に事前に確認していた井戸に関する事は、①この井戸がまだ使われているのか ②今後も使いたいのか という2点でした。
茶道の先生をなさっているご主人のお母さまの茶の湯のための井戸を残し、かつ使い易いようにと室内にとりこんだ常識外れな注文住宅で、今後も使いたいというご希望でしたので、それを踏まえて簡易でありながら効果の出そうな方法で部分改修をすることにしました。
続く