わたしの住み家たち
どうして涙が出るんだろう。
わたしは、記憶にある限り今まで2回引っ越している。
どの家も少なくとも8年は住んでいて、それぞれ思い出もたくさんある。
最初の家は、物心つく前から小学生の途中まで住んでいた。
古い古い平屋でボロいけど大好きな家だった。
私たちが住む前はお店だったようで、家の3分の1程はお店の内装だったのが住んでいて面白かった。
古いので、滅多に見られないくらい大きな蜘蛛やムカデが出たり、イタチが庭の端に現れたりと愉快なお家だった。
引っ越すのがとても嫌だったのを覚えている。家が変わることも学校が変わることも。
20年経ってもいまだに間取りを頭の中で思い描けるので、それだけなじみ深い家だったのだと思う。
2番目の家は団地だった。ちょっと古いけどそこそこ綺麗な集合団地の2階。
ここには12年も住んだ。
前の家の隣町で田舎っぽいけれど、スーパーやドラッグストアなどお店が充実していたので住みやすい地域だった。
丸ごと10代をその家で生活した。
一言で言えば、楽しい記憶よりも辛い嫌な記憶の方が多い。
暮らしは決して良いとは言えず、家庭には問題しかなかった。
早くこの家から出たいとよく思っていた。
今思えば、狭い狭い生活圏内の狭い人間関係の中で暮らしていたのだと思う。
今思い出しても、あの家には戻りたくない。
そんな長い12年だった。
転機は急に訪れる。
私の就職と同時に我が家は引っ越しをした。
祖母の介護のためと私の仕事のために、最初の家と同じ市にある祖父母の家に移り住んだ。
私が密かに願っていたことが叶った。
子どもの頃から住みたいと思っていた祖父母の家に住めることになるなんて!
引っ越してから状況は変わった。
家族構成が変われば家庭環境も変わる。
私にとって、ようやく平和が訪れた。
そして今に至る。
大人になり、車を運転するようになってから行動範囲が広がった。
もう住みたくないと思うのに、なぜか団地のあるあの町に私はたまに来てしまう。
久しぶりに住んでいた団地の部屋を眺めると涙が出てくるのはなんでだろう。
懐かしい気持ちと寂しい気持ちが込み上げてくる。
その帰り道に気づいた。
苦しくて嫌な思い出ばかりじゃないのだと。
その中には確かに楽しい温かな思い出もたくさんあって、それが幸せだったのだと。
辛い涙ではなく、幸せな涙が溢れたことに自分自身が救われた。
これから死ぬまで何回引っ越しを経験するのだろうか。
きっと何度も家が変わってもそれぞれの住み家で過ごした記憶を大切にしていけるはず。