エプロンをプレゼントしたあの日
おかあさんが熱を出した。
・
私はまだ実家に暮らしている。4人暮らし。
我が家では、おかあさんがいつも家事をする。今日は私が夜ごはんの支度から片付けまでをやることにした。
午後5時。4人分の夜ごはんをつくることに慣れていないわたしは、調理時間2時間を見積もって準備をし始めた。買い物は、おかあさんが体調の悪いなかで済ませていた。
スマホでレシピを見つつ、普段は見ない夕方のニュース番組を流しながら準備をした。1時間半弱で、だいたいできあがった。
うちの冷蔵庫には、たいてい作り置きのおかずがある。でも、今日はなかった。だから、夜ごはんのおかずに加えて作り置きのおかずもつくる。3品。
午後7時。おとうさんと弟を呼んで、夜ごはんを食べた。30分。
いつもは他愛のない話で盛り上がる食卓だけど、私は早く片付けをしたかった。大学のこととか、インターンのこととか、やることがずっと頭の片隅にある。
食べ終わって、片付けをした。私は手が荒れやすく、はやくも右手の人差し指がじりじり痛み始めていた。
午後8時。洗い物まですべて終わった。
・
暮らすというのは、こんなに大変なのか。
私は一日だけ、夜ごはんの支度だけだった。
でも、これは毎日つづく。暮らしは、毎日つづく。夜ごはんだけじゃない。朝ごはんも、洗濯も、お風呂掃除も、買い物も。全部全部、毎日つづく。
私のおかあさんは、すごい。家族の暮らしをつくるということを、少なくとも私が生まれて22年間、毎日休みなく、やっているのだから。
大変だ。
今日の食卓が終わっても、明日の食卓はまたやってくる。
洗濯が終わっても、いま着ている服はまた洗わなきゃいけない。
暮らしているだけで、家は汚れていく。だから、掃除もする。
からだをきれいにするためにお風呂にはいる。お風呂にはいるためにはお風呂がきれいじゃなきゃいけない。
家のなかだけじゃない。買い物に行ったり、子どもたちの学校のことをやったり、銀行に行ったり。
たぶん、私が想像しきれていないことも、ある。きっとたくさん、たくさん。
・
10年前くらいの母の日に、私はエプロンをプレゼントした。
おかあさんは、嬉しそうに受け取ってくれたと記憶している。
あまりに残酷ではないか。幼き頃の自分にぞっとしてしまった。
エプロンを渡すということは、これからも家事をやってくれと言っているのと同じじゃないか。その役割を押し付けて、受け入れさせて。自分は享受するばかりで、なにもしない。
・
おかあさんの大変さがわかったので、これからはもっと感謝しようと思います。いつもありがとう。
なんていう、そんなあたたかでハートフルで平和な話ではない。そんな気持ちではまったくない。
もっと、なんていうか、涙が出そうで、青くて、黒い。
結婚して、私が生まれて。奥さんになって、おかあさんになって。
就職だとか転職だとかは、自分の意志がある程度存在すると思う。でも、家事という仕事に、意志はどれだけあるのだろうか。
私はこれから、奥さんになって、おかあさんになる可能性がある。
もしその事実に紐づいて、家事という仕事があるのだったら。
・
というか、そもそも、まだ実家暮らしの私。
暮らしはこんなにも大変で、どんなに大変でも毎日つづいて。その事実に驚愕しているのかもしれない。
学ぶとか、仕事をするとか、事を成し遂げるとか、その前に。私は、私たちは、暮らしをつづけなければいけない。
なんだかとってもびっくりしてしまって、書き留めずにはいられなかった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?