コシノアヤコ
おはようございます(^O^)/。
高知のまめさんでーす♪
今日も、日本を変える為に目が覚めましたー(^0^)/
『まめまめーる』は、心のサプリメント。。。(^_-)-☆
今日も高知は晴れ!
高知城の観光ガイドボランティアに行って来まーすp(*^-^*)q
遊びにきいやーヾ(*'∀`*)ノ
今日も、絶好調で楽しそうに笑顔で過ごしましょう。
今日はいい日だ( ^^)Y☆Y(^^ )。
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今から14年前の2010年4月19日に高知のカオリンからいただいたメールをご紹介します♪
お楽しみさまでーす
保険の仕事をしています
時間は自由に使えます…
どちらも…人さまのお役にたてる情報を『伝える』というお仕事です(*^^*)
両立できると…思っていました
だけど………最近
どちらも前に進めない自分がいました…・
なんでだろうー
どちらも…ビジョンもミッションもある外資の会社なのに…
いつの間にか…
『○○…せねばならない…』って自分に重荷を課せていたのかもしれません…・
公私ともども・いろいろな『ちから』が分散されて…どちらも前に進めなくなってしまっていました・
『一本にしぼらないと…』
どちらをとるか?と思った時に…
やっぱり『楽しい』ほうを取ろうと…
会社を辞める決意をしましたが…
『これが出来ない人は…そっちもできないと思う・……こっちができる人は…そっちも出来るはず・』
と…一度は説得されましたが…
不器用な私にとっては…無理なんやと…・
かたわらの副業でやるには保険という仕事は……人様の生死人生に関わる責任の重い仕事…
不備もミスも許されない
毎月ノルマ以上の数字に追われ管理される・
こんどこそ辞めよう…
と心に決め・
この前の夢塾で…もう迷いは完全になくなりましたー( ̄▽ ̄)・
昨日…今日と会社へ引き継ぎやら残務整理に行って、ひとり一人に『お世話になりましたー』って笑顔で元気に挨拶すると…(結構…成績不振で辞めていく人たちは…うちの会社は100人くらいいるので、ひっそり…・気がついたらー『そう言えば最近見かけんねー』って
去ってく人がほとんど…)
『えーーっ?どうしてー』
『全然知らんかった・もったいないねー・』
『不景気で仕事らぁー無いろー』
『辞めて…どうするのー』って…言われました
気がついたらー思いっきり夢を語ってる自分がいました・
そしたら…
『そうー そこまで決めたがやったら良かったねー寂しくなるけど…がんばってー・』
『なんか…香織さん
今まで…辞めるっていう人って明日からどうしましょみたいな ドヨーン・を身にまとうのに…
今までで一番キラキラ輝くオーラを感じる』
って…言われましたー・( ̄▽ ̄)V
最近…何を見ても嬉しくって誰と会っても楽しくって…
会社からの収入無くなるしーまだ…NSで食べてけるレベルやないのにー・
あほみたいにわくわくしてたまりません
これまで…
いろいろな能力開発や、自己啓発セミナー、トレーニングや講習にたくさんのお金をかけました…
だけど…
夢塾でやってもらったゲーム(シンプルなんだけど深い)が…ものすごく…私の中ではヒットしたみたいです
何より仲間たちと共に励ましあえるのが
今は…いちばん嬉しく思っています
この歳まで…ある意味…
自分をだましながら生きてきたかもしれません…
『人生一度っきり』
もう〜夢に向かってーGOー
仲間と共に楽しみましょうーーo(^-^o)(o^-^)o
高知カオリン
大原です♪
あれから14年経った高知のかおりん、素晴らしいリーダーとして驚くほど成長したね!!
今後も、多くの仲間の夢の実現のため顔晴ろうねーヽ(* 'ー')ノ
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コシノヒロコ、コシノジュンコ、コシノミチコ、揃って世界的ファッションデザイナーとして活躍するコシノ三姉妹を女手1つで育てたのが、母・小篠綾子です。
小篠綾子は1913年(大正2年)呉服屋の長女として大阪の岸和田に生まれ「一生【糸】に携わる仕事で食べていけるように」と糸偏の付いた【綾子】と名付けられた。
幼い頃から洋服に憧れ、女学校に入学したものの、15歳で中退し股引屋に弟子入り。
そして21歳の若さで「コシノ洋装店」を開業したのだ。
翌年、結婚した綾子はヒロコ・ジュンコ・ミチコの3人の娘に恵まれた。
父や夫を続けて亡くし、女ばかりの一家となった小篠家だったが、前から洋服に目を付けていた綾子の先見の明が救い、店は繁盛していった。
そんな綾子の子育ての様子はというと…三姉妹口をそろえて「ほったらかし」という。
綾子は決して娘たちに「跡をついでほしい」とも言わなかった。
しかし、娘たちは自然とファッションの道を志すようになっていき、三姉妹それぞれが世界的に通用するデザイナーとなっていった。
そんな娘たちと張り合うように、なんと綾子は74歳でデザイナーデビューする。
その名も「コシノアヤコ」。
子供たちが最大のライバルという綾子は年を重ねていくごとにさらに仕事をこなしていき、90歳を過ぎても服を作り続けた。
だが2006年の冬、肺炎をこじらせ入院。その後脳梗塞を発症し、その年の3月26日、92年にわたる人生の幕を降ろした。
現在は綾子の孫にあたる、ヒロコの二女、ゆまが自分のブランドを立ち上げ、綾子の思いは3代目まで受け継がれている。
その名の通り生涯「糸」に携わり続けた綾子。
彼女の思いは、3人の娘だけに留まらず、さらに未来の世代へと受け継がれているのだ。
何かに没頭するって、敵な生き方だと思う。
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それでは、今日の言葉です。
成功とは、自分らしく生きること
失敗とは、他人と比較して生きること
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