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神の与えし奇跡と人の奪いし自由~森ノ黒百舌鳥怪奇収集録~

「うわっ、なんすかこれ、気持ち悪っ!」
倉庫の片づけをしていた鴉爪が驚いて、悲鳴じみた声を発する。ボクの店、森ノ黒百舌鳥は怪奇も扱う骨董品店なので、奇妙な病気を患った胎児の標本とか混老頭族の頭蓋骨といった人体も扱っているが、奴もここで働くようになってそれなりになる。今更、大の男が生娘みたいな驚き方をする代物は無いと思うのだが、と倉庫の奥へと目線を向けて成程とすぐに納得した。人間というものはあからさまに奇妙な物よりも、生々しい普通の物体にこそ驚きを覚える生き物だ。例えば普通に削いだ耳と大きく歪に変形した耳が瓶に入っていたら、普通の耳の方が奇異に映るのだ。
奴が見つけたのは何の変哲もない一本の腕の入った箱だ。箱は横幅高さ奥行のどれもが大きい正六面体で、ボクが両手を左右にぴしりと伸ばしても余るほど。中には鳥を遊ばせるような長さや高さの異なる棒が幾つも備わり、その中に腕を閉じ込めている。腕は肩から先を切り落としたような形をして丸太のように太く、色はこの辺りでは珍しい夏場の日焼けした猟師よりも黒く、取っ手のように伸びた棒をしっかりと掴み、時折他の棒を掴み直すという逞しさを見せつけてくる。要するに動き回る元気な腕だ。
「そういえば説明してなかったな、その腕は……一言でいうと、ちょっとした曰く付きだ」
ボクは久しぶりに腕の前に佇み、胸に込み上げる懐かしさを抱えながら少し昔話を語ることにした。

■ ■ ■ ■ ■ ■

ボクの師である先代の朱雀は無理難題を押し付ける悪癖の持ち主だった。
この世に存在するのかも定かでない妖を捕まえてこいとか、神が作り出したとされる霊薬を探し出せとか、伝説の武器を発掘しろとか、あとは鳥のように空を飛んでみせろとか……真っ当な人間であれば即座に断るような困難な課題を放り投げてくる人だった。それでもボクを含めた弟子たちが去ることも無く、師の本気なんだか試してるんだか判別し難い課題に向き合ったのは、偏に師自身が努力家でありながら夢想家で、不可能に挑み続けるひた向きさを持っていたからだ。師は自身にとっての先代、ボクからすれば先々代に当たる朱雀から四獣の冠と技を受け継ぎ、軽業師としての技能を跳躍ではなく飛行の域まで昇華させようと試みた。元々平衡感覚と身体能力に優れた使い手であったが、常軌を逸した次元の肉体改造に挑み、徹底した禁欲と重度の修行偏執狂ぶりで、飛行に邪魔となる重さを取り除くために上半身を限界まで削ぎ落としてみせた。逞しくしなやかで引き締まっていた下半身を鳥の本体とするならば、骨と皮だけのような上半身は飛行を助けるための尾羽のようで、その両極端な体を脚力と平衡感覚で強引に飛ばし続けて、常に敵より高い空中に居座り続ける。それが先代の編み出した軽業の技能だ。
そんな無理が通れば道理引っ込むを実際に見せられたら、あるかどうか定かでないなどと陳腐な理由で断ることは出来ず、大陸四方を端から端まで走り回る羽目になるのだ。ボクも両手で年を数えられる内から兄弟子たちと方々走り回り、暗殺から盗掘まで色々と悪事に手を染めた。中でも特に印象に残っているのが、今も店の奥で厳重に箱詰めされた一振りの黒い腕だ。勿論誰かの腕を斬り落としたわけではない、そんな人体収集家の類の趣味をボクは持ち合わせていない。当然ボクの師匠もだ。師は自らの寿命と引き換えに、歴々の技を磨き育て伝えることに全てを費やした。四十過ぎたとはいえ自然死するには早い年齢にして既に終結を見据え、自らの後継者となる猛者を探した師は、とある奇妙な怪奇に目を向けた。いや、縋ったと例えた方が正しいか。

「手孕の話は知っているな?」
「知りません、師匠」
師は誰とも会話が成立しないような、所謂言いたいことだけを発し、伝えたら自己完結してしまうような人でもあった。全てに於いて徹頭徹尾、相手の理解は一切求めない。だから断る権利などないし、解らないことは自分たちで調べなければならなかった。あの頃は夜明けから日没までどっぷりと苦行に漬けられていたが、夜は夜で蝋燭と月の灯で何百もの書を読み耽ったものだ。他流派の指南書から変人学者の個人的な日記まで、とにかく師の課題と己の強さに繋がりそうな物であれば片っ端から目を通した。そうして見つけたのが手孕腕に関する口伝だ。

【手孕腕】
とある村で腕だけの赤ん坊が生まれた。ひとりの村娘が土地に宿った神と出会い、腹の上に手を置かれたことで神の子が宿った。はじめ村娘は奇形が産まれたのだと嘆いたが、赤子は腕以外が人の形を成していないのではなく、腕以外の部分が一切存在していなかった。村娘は神の血を継ぐ腕が産まれたのだと語り、しかし神の子は神の下へと還すべきだと土地神に供物として捧げたが、その後も時折腕だけの赤子が産まれ、やがて近隣の村から恐れられて村は焼かれ民はひとり残らず滅びた。しかし腕だけの赤子が産まれる奇妙な奇跡だけは残り、まるで呪いのように大陸各地へと散り、数十年あるいは数百年の間を置いて腕だけの赤子が産まれることとなった。

この世界では稀に奇妙な産まれ方をする者がいる。奇形や病気の類とはまた異なり文字通り体の一部だけが産まれてくる、手孕腕はまさにその怪奇の一種だ。ボクの属する組織は大きく三つの技法に分かれ、体術技能の四獣、呪術の四罪、そして人体改造の四凶。四凶の系譜に属する幹部のひとりが、馬鹿で珍妙な閃きに至り、ある意味で彼らと近い位置に立つ師も必然的にそれに同調したのだ。
『産まれてきた手孕共を集めて人間を組み立てたら、面白いものが出来るかもしれない』
なんていうか実に馬鹿げた発想だが、例えば猿の顔に狸の胴を持ち虎の手足を生やした鵺や牛の体に虎の頭をした禍、鬼の顔と蛇の体を持ち翼を生やした以津真天は、そういった発想から生まれた異形かもしれない。人間に武器を埋め込む手術を施された四凶、己の技の為にその身を削った師が興味を持つのは不思議ではない。
「集めよ、上手く繋げば儂よりも跳べるやもしれぬ」
「人間は人形とは違うのですが、聞いてないですね、師匠」
そうしてボクたちは大陸各地を走り回り、噂を聞いてはその場所に向かい、実際に供養と称して片腕だけの赤子や、すでに埋葬されている木乃伊を盗んだり、とにかく手当たり次第に人体の一部を集めて回った。結論から言うと、集まった手孕腕を合わせても人間が出来ることはないし、そういう人道に外れる実験は碌な結果をもたらさないわけだが、その中の一本の腕が実に不思議だった。
その腕は黒々とした筋肉質な腕で、生まれてからこの方、なにを食べれるわけでもないのにすくすくと育ち、時折なにかを掴もうとする仕草をするというのだ。
「この腕の本来の持ち主であるべき者が、今もどこかで生きているやもしれぬ。探してきなさい」
「無茶が過ぎますよ、師匠」
繰り返すが師匠は自己完結の人だ、どれだけ断っても決して耳を傾けない。師匠が右といえば左だろうと上下だろうと右で、黒といえば白かろうが極彩色だろうが黒なのだ。不可能に等しい、存在しないかもしれない腕の持ち主を探しながら、軽業を身に着ける日々は続いた。その頃には数多くいた兄弟子たちは半数以上が余りの説明不足に脱落し、或いは高所から飛んで落命して、ボクと数名を残すだけとなっていた。

件の浅黒い細い腕は、それなりに逞しく健康的に育ち、試しに腕の上に棒を刺してみたら、跳び上がって掴んだりした。ボクは面白がって木を幾つも刺し込んだ複雑な形状の箱を勝手に作り、もしかしたら腕からも何か学べるかもしれないと、密林のように入り組んだ棒の並びの中を自在に動く腕を観察したりもした。師の教えのひとつだ。学べるものは何でも学べ、猫からも鳥からも虫からも、常識の枠を飛び出してこそ我らが技が輝けるのだ、とかなんとか。事実、師匠の体は常識外れだし、本来地に足を着けて生きる人間が空中にどうやって居座り続けるかなんて、常識外れどころか狂気の発想だ。
ボクも師匠に倣って、腕からもなにか学ぼうと日々観察を繰り返したのだが、その間にボクはとてつもない怪物を育ててしまっていた。

 ■ ■ ■ ■ ■ ■

「店主も大概変人だと思うっすけど、師匠も変な人なんす……っつあぁ!」
暴言を吐き出した鴉爪の脛を蹴飛ばして黙らせ、改めて箱に向き直る。箱は丁寧に扱っているおかげで、作ってから十年以上経つが古びはするものの草臥れた様子はなく、中の腕が快適かどうかは知ったことではないが、今も棒を掴んでいるのだから暇はさせていないはずだ。
「……それで、腕の持ち主を見つけたんすか?」
「見つけたのはボクではないが」
そう、腕の持ち主を見つけたのは名を継いだばかりの当代の白虎だ。四獣のひとり、白虎。四獣はそれぞれ暗殺技能を極めた者たちで、暗器と軽業を極めたボク以外に、齢五十を超えてなお衰えを知らぬ長槍と鉄壁の盾を持つ玄武、刀を持てば並ぶ者なし、偃月刀を持てば立ちはだかる者すらいない青龍、そして素手格闘においては最強、打・投・極、全てにおいて隙のない白虎。その白虎が片腕のない黒い少年に心当たりがあり、探し出して師とボクのところに連れてきたのだ。
隻腕の黒い少年は黒臂と渾名され、先代の白虎の門下生のひとりだった。柔らかく鞭のようにしなる手足から繰り出す打撃には目を見張るものがあったが、誰もが四つ持っている武器が三つしか無い現実は彼に有利に働くことはなく、次代の白虎と入れ替わる形で抜けてしまった。それが数年の間に別人のように強く、五体満足な武術家たちを尽く無慈悲に倒して回る悪鬼に育ったのだから、流石の白虎も驚きを禁じ得なかったそうだ。とはいえ白虎の域にはまだ届かず、腹に臓腑を抉られるような一撃を受けて捕まえられたのだが。
「ちなみに黒臂って渾名は先代の白虎が付けた。本名は確か、ジョシュア・ムラトとかヨシュア・ムハトとか、とにかく呼びづらかったから彼に倣うことにした」
黒は肌の色から、臂は右腕を持たないことへの皮肉だそうだ。先代の白虎も中々に性格が悪いが、それはそれとしてだ。

■ ■ ■ ■ ■ ■

黒臂は師匠の理想を体現したような少年だった。黒い体は黒豹のように柔軟で俊敏、引き締まっているが巨木には程遠い割に力強く体幹は地に根を張った樹木のようで、さらに動きは蜂鳥のように自由だった。鳥のように宙を舞い、何も無い場所で浮かび続け、空中で自在に方向転換が出来た。出会った時点で教えることがない程に完成されていたのだ。その秘密が箱の中の腕であることは、すぐに判明した。ちょうどボクが箱を作った時期から、それまで靄や霞を掴むような感覚しかなかった右肩から先が、明確になにか棒のようなものを掴む感覚を得て、握り方や位置を変えると自分の体を宙に吊るすことが出来るようになったと語ってくれた。生まれつき右腕のない弱点を高さで補い、本来共に生まれてくるはずだった腕は箱の中でぶら下がり続け、棒の握り方や位置を変えると無いはずの肩から先と伝わり、黒臂の無いはずの腕の代わりとなったわけだ。
さらに師から空中での技を教わると水を得た魚のように一気に進化していき、瞬く間に師匠の理想の軽業の極致へと至った。なにせ空を跳び続けるのに術理が必要なく、体躯を支える腕力さえあれば重かろうと太かろうと構わないのだ。身を削る必要もなく、食事を断ってまで痩せる必要もなく、空中に浮かぶ奇妙を維持したまま、幾らでも体を屈強に改造出来るのだ。師は四凶に属する研究者から筋肉増強の妙薬を貰い、黒臂の三肢から胴を岩のように膨らませた。その結果、重量級の軽業師という矛盾を体現した使い手と成り、まさしく空飛ぶ熊か犀のような恐るべし存在に昇華してみせた。
空を舞い続ける限り敵は無く、空を舞い続ける者と戦う術は師でさえも持ち合わせていない。事実、彼は無敵に等しかった。それまで積み上げてきた努力を無為にされた師匠は、怒ることも嘆くこともなく奇跡のような存在だと歓喜し、自らの名を継承させることに決めたのだった。
「黒臂に朱雀の名を与える。お前は今後は新たなる朱雀に仕え支えるのだ」
「でも、彼は門下の中では二番手以下ですよ……多分」
ボクも自分の身の振りは自分で考えたい。朱雀の名など別に欲しくもなかったが、弱点の露な欠陥品を頭に添えることは出来ない。手足を失った時点で落とされる頭ならば飾りでも乗せておけばいい、不完全ながらも相応の力を手足に使わないなど愚の骨頂だ。
「何を言っている? お前も他の連中も、稽古では黒臂の相手にすら成らんではないか」
何を言っているはこちらの台詞だ。師は言葉を交わすような人では無かったはずだ。傲慢で我が道を歩み他人の都合など意に介さない、逆らう者は力で抑えつけ、それでも撥ね返ってくるなら喉笛を裂く、そんな独裁的な獣であったはずだ。それが後継者を見つけたら目も当てられない程に衰えて、まるで普通の世界に生きる人間のように言葉を交わそうとするのだ。これは最早ボクへの侮辱であり裏切りに等しい。人にまだ幼い内に剣を握らせて、幾つもの命を殺めさせておいて、どうして余生を夢見れるのだ。
「では、師匠。明日の稽古を楽しみにしておいてください。真っ当な戦いであれば私の敵ではないと証明してみせます」
「真っ当な戦いであれば、だと?」
「ええ。明日はいつものように体重差や体格差を無視して真正面から打ち合うような、真っ当ではない戦いなどしないということです。どんな手段を用いてでも勝つ、それが真っ当な戦い方です」
ちなみにこの頃の一人称は私だ。ボクと変えたのは廃界に来てからだが、特に理由は無い。強いていえば、そう名乗りたい気分になったからだ。

彼の飛べる秘密は腕と箱だ。その秘密を知られた時点で技の正体を暴かれてしまう、それは致命的な欠点でもあった。もしボクや他の連中が捕まり、彼の秘密を喋ってしまったら、弱点を剥き出しにした頭など頭蓋骨が無いに等しい。弱点を突かれて即座に命を落とし、すべてを瓦解させてしまうだろう。それに付き合わされるなど冗談ではない、ボクの命は無駄遣い出来ない。もしも死んでも構わない日が訪れるとしたら、それは皇帝を討ち取った後のことだ。
ボクは帰るその足で箱へと向かい、腕を鎖で雁字搦めに縛って鉛の塊に結び、更に鎖を固定するように何本もの鉄の杭を地面に打ち付けた。その上で箱の天井を低く下げて念を入れて封じ、そのままでは絶対に飛べないように黒臂の技を封じてみせた。翌日、修練場に現われた黒臂は飛べないどころか体を右側に大きく傾けて、立ち上がることすら出来ずに地べたを虫のように這い蹲り、師の眼前で目も当てられない醜態を晒してしまった。ボクは多少の申し訳なさに心を痛めながらも、地べたを這い蹲る黒臂の頭を幾度も踏みつけて師匠に諦めを促すような表情を向けたのだった。

師匠は子供のように大声で泣き叫び、数日後に自ら命を絶つように唯一残った弟子に挑み、猛禽に襲われる小鳥のように死んだ。

 ■ ■ ■ ■ ■ ■

「つまりこの腕は、初めて扱った怪奇であり、師匠の夢の残り滓でもあり、弟弟子との絆でもあって、考えようによってはボクの初めての弟子ともいえるわけだ」
「いや、良い話風に落とし込もうとしてるっすけど、やってること卑怯者の糞野郎と一緒ですからね」
「そういえば黒臂も喚いてたな、卑怯者って」
実に懐かしい話だ。そもそも事後のことを考えて腕に直接杭を打ち込まなかったことに感謝して欲しいくらいだが、どうも黒臂にしても鴉爪にしても、師でさえも理解してくれないから困ったものだ。むしろ今はこうやって腕を隠して守ってやってるのだから、ボク以上に優しい人間なんて居ないのではないかとさえ思っている。それにだ、優しさの証拠として黒臂のどちらの母親も探し出して会わせてやったこともある。しかし片端を産んだ母親は片腕のだけで生まれた片割れを見せられても納得するはずもなく、片腕だけを産んだ母親はいきなり片端の男を連れていっても我が身に降りかかった不幸を嘆くばかりで、むしろ黒臂の心に深い傷を与えてしまった気がしないでもないが。
「それで店主、その黒臂ってのは今どうしてるんです?」
「よし、久しぶりに会いに行くか」
「廃界に居るんっすか!?」
厳密には廃界ではないが、黒臂はそう遠くない場所に居る。廃界を挟むように流れる大河を越えた先に鴉村という隠れ集落がある。そこには鴉の嘴を模した面を被った連中が暮らし、黒臂も嘴を生やして同じ黒い肌を持つ流民たちや師亡き後に居場所を失った兄弟子たちと寝食を共にし、かつての師と同じように孤児を集めて育てているのだ。その苦行とも拷問とも言っても過言ではない修行は、肉体だけでなく精神を蝕み、あまりの苦痛から逃れるために自らの四肢を切り落としてしまう者も出るが、それでも師よりは幾分か優しく、ともすれば手緩いと言えなくもない。
ボクが組織に拾われた時なんて酷かった。短剣一本渡されて最低限の使い方だけ説明されて、処刑予定の罪人と戦わされる。いくら相手が足枷付きで親指切り落とされて棒切れも碌に振れない加減付きとはいえ、戦うのは数分前まで刃物も握ったことのない十に満たない小児の孤児だ。大抵は当然の如く死ぬし、生き残れたとしても将来を棒に振るような怪我を負わされる。怪我を負うのは端から用無しで物乞いでもやってろと道端に放り出し、そうされる前に相手の手首や足の付け根、股間、肺腑、喉、眼……何処でも構わないから急所を刺せる才能の持ち主を探し出して、暗殺者としての技を仕込んでいく。そうやって百人の中から九十九の能無しを間引いて、さらに死という名の篩に掛け続けて最終的に四獣や四凶、四罪の後継者へと育てる。それに比べたら何ヶ月も全身拘束して鍛えたりなどは文化的で人道的といえるだろう、目糞鼻糞と似たような違いだが。
何故奴らがそんなことをしてるのかというと、一言で語ってしまえば力に魅入られたからで、黒臂も兄弟子たちも師の生き様と夢をしっかりと受け継いでいるのだ。弟子のひとりも育てず朱雀の名を残すつもりもないボクと比べると、どいつもこいつもどうしようもなく優秀な弟子だったと師も草葉の陰で誇っていることだろう。そういうわけで黒臂たちとボクは無関係といえば無関係で、しかし現実的にはボクが作ったフェイレンの庇護下にあるから無関係とも限らず、では仲良くやってるかと問われると向こうは腹の内にひとつやふたつ怨念めいたものを抱えているので友とは呼べず、ボクもボクでそんな武装因習村みたいなものと深く関わる気にはなれない。腐れ縁という言葉が最も相応しいかもしれない。
「存外悪くない暮らしをしてるぞ」
その辺の説明をすべて素っ飛ばして、たっぷりと間を開けて鴉爪に言って除けた。
「……いや、間が嘘だって語ってるじゃないっすか!」
「ボクの10年前と比べたら余程幸せなのは事実だ!」

では今のボクが幸せかどうかと問われると………………………………………………………まあ、砂を噛むような毎日だ。


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