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酒とマサカリ ~ Bar&Hatchetation ~

1911年6月9日、アメリカ合衆国アーカンソー州ユリーカ・スプリングズ公園。
その日、ひとりの破壊者が大絶叫をあげながら憤死した。6フィートの上背と175ポンドの巨体で酒場に繰り出し、酒樽や酒瓶を叩き壊して回る破壊者は、珍妙な異名で呼ばれる家で聖書を読み耽り、神の声を聴き、最初の夫の命を奪った上に自身の結婚生活を捻じ曲げた酒というものに対して偏執狂な逆恨みの感情を抱き、自らを神の犬と称して破壊の限りを尽くした。
そんな怪物のような女の死の報せに、ある者は安堵を浮かべ、またある者は涙を流し、またある者は実に彼女らしい最期だと酒の肴にしたりもした。彼女と共に禁酒運動に身を投じていた者たちは、あれほど能動的な破壊を繰り返したのだから、きっと今頃は天国で安らかに眠っているだろう、と彼女の死を悼み、胸元で十字を切って祈りを捧げたのだった。

しかし、病的ともいえる破壊衝動と恨み返しに熱を出した復讐者は、とてもじゃないが満足していなかった。
演説中にぶっ倒れて、心臓を止めようとする危機に瀕してもなお、彼女の頭に残っていたのは酒への恨みと飲んだくれ共への怒りだった。
(神よ、私はまだ怒り足りないのです。恨みを晴らし足りないのです。天国に行くのはまだずっと先でいい、もっと酒場を壊して飲んだくれ共の頭をかち割ってやりたいのです……!)
天を仰ぎ、次第に暗くなっていく視界の中で見たのは、十字に伸びる太陽の眩しさだった。
(ああ、神様! そこにいらっしゃるのですね! 私にもっと破壊を、復讐を!)
ゆっくりと細く伸びて消える光の中で、彼女の耳に届いたのは実に能天気で適当な返事だった。

「オッケー、レッツゴーォー!」

そして彼女の魂は、天国でもヴァルハラでも地獄でも墓の中でもなく、もちろん合衆国のどこかでもなく、もっと別の、今最も酒を渇望されている、飲んだくれ共が渇きに渇いた地の果てのような世界へと飛ばされたのであった……



……21年7月24日、アルコーリア州ガロンビーア市カストリーラ地区。
この日、カストリーラの町は狂宴の真っ只中にあった。
なにせ隣国との十数年に渡る、血で血を洗い、全てが底なし沼の底の更に下に沈められたような、見るも無残で語るも悲惨な泥沼の戦争が終結したのだ。
国力の乏しい共和国の中でも特に貧しかったアルコーリア州では、民はその全てを戦争に捧げ、溶かせるものは贈り物の時計であっても結婚指輪であっても、金属であれば窓にカーテンを掛けるための螺子の1本まで残らず溶かし、食べれるものは芋の蔓から木の根までなんでも食べた。動けるものは病人であろうと方羽の傷痍軍人であろうと前線へと送り、銃も剣も尽きたら石や棒切れを握ってまで戦った。
そんな糞のような戦争がようやく終結して、贅沢を禁ずるために期限付きで施行されていた禁酒法が撤廃された今、アルコーリア州の全土は災害級の狂宴に覆い尽くされていた。

そう、今はまさにゴールドラッシュ。かつて金が発掘された時に世界中からツルハシやシャベルを担いだ馬鹿野郎共が大挙したけど、今は黄金色の液体を売るために国中からアルコーリアに酒が集まっているのだ。
毎日どの時間でも町の何処かではジョッキをぶつけ合う音が響き、いつも誰かが酔っぱらって幸せそうな顔で道端に寝転んでいる。この町はつい数日前までは地獄であったが、今は程々に理性の弾けた天国と化した。さあ、どなた様も呑んでらっしゃい酔ってらっしゃい、大丈夫、みんな酔っぱらってっからさあ。
そんな駄目な台詞がスローガンに掲げられているかは知らないけれど、とにかく今この町で最も売れるのは酒だ。次に酒樽とジョッキとマグカップ。その次あたりでローストした七面鳥か油で揚げたニワトリか。

この私、ピルス・バレルズも奇跡的に五体満足で前線から戻り、思っていたよりは多めに出た報奨金を全額ベットして、ついでに相棒であった旧式の大砲も鉄屑屋に売り払って、残りの金を生活費まですべて注ぎ込んで建てたわけだ。
なにをって? もちろん決まってるだろう、酒場に。
カウンター6席、テーブル席4人掛けが2席の、決して大きいとは言えないこじんまりとした店。内容のテーマはシンプルイズベスト、中古の単身者用の住居の壁を取っ払って、バーカウンターとテーブルと椅子を並べて、食器棚と流し台を無理矢理くっつけただけの店内は、そこはかとなく薄汚れた拭けども磨けども黒ずんだままの古木の雰囲気がそのまま活かされて、備え付けの裸電球をぶらさげただけの照明は深酒した人がつい眠りこけてしまうような安らぎの空間を演出、明らかに店のサイズと合っていない大型冷蔵庫の中にはキンキンに冷えた瓶ビールがずらりと並び、店の外ででも飲んでやるという一本気のある飲んだくれ達の注文にも対応できる先見の明を光らせる。
物は言いようだな、だと? うるさい、これでも精一杯なんだよ。

そんな大衆酒場アンバーランスは今日も朝から晩まで、ほぼ24時間体制のぶっ通しの終わりのない地平線マラソンで営業中。
店主の体力が尽きるのが先か、客の胃袋がぶっ壊れるのが先かのチキンレースは、今のところ私の全戦全勝。夜明けにニワトリが鳴くまでには愛すべき酔っ払い共を追い出して、カウンターの中にあるソファに寝転ぶことが出来ている。
ちなみにアンバーランスは、いつ見ても惚れ惚れするような琥珀色と冷えたビールの持つ槍のような鋭さを意味しているし、酔っぱらって千鳥足のままアンバランスな足取りで帰れ、という隠された意味もあるけど、あんまり説明すると馬鹿が頑張って考えました感が泡のように溢れてしまうので、特に覚えておかなくてもいい。
店の名前と場所だけ覚えて帰ってくれ。

ジリリリリンと目覚まし時計が鳴る。
さあ、今日も愛すべきロクデナシ共のお出ましだ。
今日も酔っ払いを大量生産して、金鉱山くらい立派な売り上げをぶちかましてやろうじゃないか。
ふん、と気合を入れて鼻を鳴らし、鳥のマークが刻まれた酒樽が描かれたTシャツに着替え、カウンターの汚れを布巾で拭き取り、威勢よく店のドアを開くと、そこには身長の割には少し幼い、けれども鬱屈とした人生を何十年も生き患った感じの目の据わり方をした、まだ10歳かそこらの女の子が立っていた。
服装は町を歩けばたまに見かけることもあるような修道女服、けれども不思議なことに背中には斧に齧りつく不細工な顔をした犬っぽい何かが描いてあって、おまけに手にはキャンプ用の小振りな鉞が握られている。

(……こえー、少女兵あがりのガキかよ)

依存性の高い薬物と偏った教育で兵器と化した少年少女の怖さは、隣国のクソ共のせいで身を以って体験済みだ。なんせ善悪の垣根がぶっ壊れているし、生き死にのハードルが大人の兵士よりも随分と低い。おまけにこっちは銃口を向けられようが、ナイフを突きつけられようが、どうしても心のどこかで躊躇してしまう。
きっと托鉢かなにかだろうけど、私はそういうものとは今後一切関わらないと決めている。
バタンと無言でドアを閉めて、カウンターの中に潜ませている防犯用のナイフを腰の後ろにぶら下げて、カーテンの隙間から気配を殺しながら外の様子を窺うと、少女兵シスターはむっとした表情を浮かべてドアに近づいて、どんどこどんどこノックノックノックと握り拳の鉄槌を連打し始めたのだ。
それも少女らしからぬ、ウィスキーで喉を丹念に焼いたような声で。

「おはようさん、魂の壊し屋さん! おはようさん、魂の壊し屋さん! おはようさん、魂の壊し屋さん!」

クレイジーガールが声をしゃがれさせた。
どんがんどんがん、朝からやかましい。善悪だけでなくマナーと倫理観まで壊れてるじゃねえか、やめろやめろ、近所のモーニングの準備中の奥様方に怒られるだろうが。こっちはただでさえ朝っぱらから酒場やってるので後ろめたい上に、旦那様を片っ端から飲んだくれの酔っ払いにクラスチェンジさせてるせいで、余計に白い眼で見られたり、呆れを通り越して敵意まで向けられたりと日頃から立場が弱いのだ。そこに騒音なんて持ち込まれてみろ、店を叩き壊されてしまう。
だから、相手が自分より幾つも若いガキだろうと、私が選ぶべき選択肢はひとつだ。

「うるせー、ジャリビッチ! 帰ってミルクでも飲んでろ!」

怒鳴って追い返す、それ一択だ。他に選択肢はないし、世の中には大事なものが幾つもある。大人としての余裕というのもそのひとつだろうけれど、世の中にはさらに優先順位というものがある。
上から飯の種、尊厳と自由、そこから階段で地下道まで下がって道徳。
人様の飯の入った鍋に手を突っ込む奴は、本来であれば死あるのみだ。そこを怒鳴り返すだけで済ませてるのだから、私はきっと世間が思ってるよりも随分と上等な人間に違いない。
しかし上等な人間は、いつだって下等な人間には理解してもらえない。人間は自分と同じ目線の世界しか見えない生き物なのだ。
要するにジャリビッチの返答はこうだったというわけ。
「飲んだくれの末路から皆さんを救うために参りました!」
オールドジニーも目玉を回す馬鹿げたメッセージを掲げて、更に声をしゃがれさせたのだ。ちなみにオールドジニーは値段も度数も高いウィスキーの名前だ、時々別の酒場の前で呑んだ酔っ払いが目を回してる。

「いいか、脳みそハッピーガール。お前がどんな主義主張を持とうと、ご高説をぶち上げようと私は構わないけど、私の仕事の邪魔すんな! アジテーションごっこはお家でママとでもやってろ、クソガキ!」
「お酒ばっかり売ってるから世の中のことを知らないのね、かわいそうな壊し屋さん! ママも言ってたわ、教祖と活動家は若ければ若い方が目立つって!」
しゃがれ声の後ろで修道女服が衣擦れる音が聞こえる。スカートを捲り上げる音だ。
聞こえようによってはセクシーにも聞こえなくもない音に続いて、地面をボトリボトリと鳴らす鈍い音。こういう僅かに重量感のある音はやばい、十中八九グレネードだ。
窓ガラスが砕かれる音と共に、丸い球体が店内に飛び込んでくる。慌てて床を転がりながら、テーブルを引っ繰り返して盾にして爆発に備える。
けれどラッキーなのか、そもそもアンラッキーな状況の中に咲く一輪の花みたいなものなのか、球体は一向に爆発する気配もなく、静かに床の上でゆらゆらと鎖に繋がれた犬みたいに右往左往している。

……石だ。
正確には投げやすいように球体状に削って磨いた石だ。テストで石とだけ書いたらバツ印を点けられるかもしれないけど、そうなったら教師の正中線をドン突きしてやったらいい。
そんな手間暇かけて用意された石は、次々に店内に飛び込んできて、窓ガラスは片っ端から壊されて、おまけに棚に並べているグラスやカップまで叩き割っていく。
それも革命でも起きたのかってくらいの勢いだ。投げ込まれた石は両手両足でも数え足りない。
よし、✕そう。きっと警官も裁判官も正当防衛ってことで無罪にしてくれるだろう。

ひとしきり店内を滅茶苦茶にされて、誰も望んでない革命運動が止んだので、つい数分前まで窓だったものの外を覗き込むと、一仕事終えた後の工事現場作業員みたいな表情で汗を拭うロリータ投石機と、その後ろで馬鹿面で口を大きく開けて賛美歌を口ずさむ聖歌隊。なんていうか、愉快なピクニック・オン・ザ・地獄って光景だ。
「これであなたも他人を不幸にしなくて済むわ、感謝なさい!」
そう喚きながら、ドアを半分粉砕しつつも半分刺さって埋もれた鉞を光らせた。
「おかげさまで修繕費で貯金が大気圏までぶっ飛びそうだよ!」
犯罪者と貧乏人のやり取りの傍らで、ずっと流れ続ける聖歌隊の、素っ頓狂な讃美歌がうるさくて苛立たしくくて耳障り過ぎて、本能的に店内に転がる石球を掴んで投げつける。
ゴチンと地獄にお似合いな音を響かせて聖歌隊のひとりが引っ繰り返ると、頭を覆っていたベールが捲れて、ゾンビ映画でしか見無さそうな表情が露わになった。
「あぁん? あいつ、そこの路地の先の金持ちの女じゃねえか」
確か常連客の、なんつったっけかな、酒飲みてえみたいな名前の酔っ払いの妻だ。


▯ ▯ ▯ ▯ ……▭


モットー・ノミテーノはガロンビーア市の有力貴族のひとりで、あろうことか市政の運営者のひとりだ。
あろうことかというのは、本来であれば働き盛りで責任のある立場にいるはずの40代半ばの彼が、終戦後のゴールドラッシュの熱に浮かされて、琥珀色の液体の上に乗っかった泡のように、毎日朝も早くから酒場を渡り歩き、夜までひとつも仕事をせずに泡でも吹きそうな勢いで突き出た腹と余った贅肉を寝転がしている、もちろん地べたに、路上の。
当然彼は貴族なので、他の貴族も性質的には一緒なのか、もちろんのように地面に転がっているのは貴族だ。寝ている酔っ払いは貴族だ、寝ていない酔っ払いは平民だ、との言葉通り、酔い潰れるまで酒が飲めるのは貴族の財力の証明だ。
現在、このガロンビーア市の治安が悪めの歓楽街、カストリーラ地区では貴族の寝転びが一大ブーム。酒を飲めない奴は貴族じゃないと宣言したとかしてないとか。

そんなわけで今日もモットー・ノミテーノは、年こそ上だけど立場的には部下という一見めんどくさそうな関係の窓際貴族、ヨッパ・ラ・チャッタンと一緒に朝から飲み歩いている。
ちなみにヨッパ・ラ・チャッタンは、地面に寝転んだまま顔だけを起こして、そのまま天を見上げながら『起きて半畳寝て一畳、あれれぇ、天井が無限に拡がってるよぉ』という愛すべき妄言を繰り出したことで知られている、髭と窓際飲みの似合う50代の小男だ。

そんなふたりのように貴族たちが毎日酒ばっかり飲んでるものだから、それに呆れたご婦人たちが怒るのも、頭のおかしい活動家ロリータを担ぎ上げるのも、まあそれはそれで自然の成り行きというものなのだろう。私は酒を売る側だから、そんなもん知らん、と言いたいけれど。
酒が悪いのではない、酒を飲んだ時にだらしなくなるのは、元々のそいつの性質なのだ。貴族というものは生来の怠け者、平民も大部分は生来怠け者なのだ。
ただ戦地という極限状態だったから必死に働いていたのだ。頭の上にトゲトゲのついた天井をぶら提げられたら、誰だって頑張るし、そうするしかないのだ。だからそのトゲトゲ天井から解放された今は、みんなして酔っぱらっているわけ。
私は酒を仕入れて提供してと毎日忙しく旗ありてるけれど。
もちろん私も働き者ではない。この黄金熱の冷めない内に稼ぐだけ稼いで、あとは適当に旅でもしながら暮らしてやるつもりなのだ。

だから、こんなところで邪魔されてたまるか。ぶち✕すぞ。


……▭ 、;.o:。゚*・:.。


教祖と活動家は若い方が目立つ、という言葉通り、例のデストロイシスターは瞬く間にカストリーラ地区の名物少女となった。
襲撃を受けた酒場の中には、あえて仕事に支障をきたさない程度に一部を壊されたまま残して、でかでかと【ハチェットガールここで暴れたり!】と書き殴ってみせたり、少女に石で頭をかち割られる構図の写真を撮って土産として販売したり、斧とジョッキが一体化した妙な武器を開発したりと、いわゆる転んでもただでは起きない、だって酔っぱらってねえからな、ってところだ。

「あたしは納得いかない! どうしてどいつもこいつも、人の活動を馬鹿にするのよ!」

今日も暴走禁酒宣言ことキャリー・ザ・ハチェットは声をしゃがれさせる。ただし場所は酒場ではなく、その辺の空き地や公園のベンチやバス停の椅子の上だ。
度重なる破壊行為で警察に捕まり、だけどアルコーリア州には12歳未満の犯罪を処罰する刑法が存在しないために代わりに親や聖歌隊の奥様方が罰金を払わされることとなり、聖歌隊の面々も自分たちの懐が痛くなった途端に解散。残された親からも、先日いよいよ次に酒場に立ち入ったら勘当する、もしくはお前を✕して俺たちも死ぬ、と怒声混じりで説得されたそうだ。直接聞いたわけじゃないけど、きっと声は相当にしゃがれてたはずだ。
そうなると10歳のベイビーには成す術もない。おとなしく言うことを聞くしかないってわけだ。

「あたしは酒をこの地上から無くしたいだけなのに!」
「なんでだよ、馬鹿ガキ」

そのまま無視して通り過ぎるつもりが、弱った鶏みたいな声で鳴かれたもんだから、つい声を掛けてしまった。
そう、私は優しい人間、人間の優しさが即ち私なのだ。そんな優しい私だから、酒場を滅茶苦茶に壊したチビバスターにだって声を掛けるし、賠償金は貴族のご婦人たちから余るくらい払ってもらった。
世界は優しさで回っている。その優しさを回すのが酒なのだ。
え? 酒じゃない? 酒に決まってんだろ、目だって回せるんだから。世界だって回せるのだ。

「アメリカでも馬鹿にされて、こっちでも馬鹿にされて……どいつもこいつも!」
「アメリカ? どこだよ、そんな町知らねえよ」
「あんた、ステイツを知らないの? 世界一の大国よ!」
……なに言ってんだ、こいつ? 妙な社会活動といい、違法な薬でもやってんのか? きっと今頃、奴の頭の上では太陽がふたつ浮かんだりしてるのだろう。でも現実は月がふたつ、大きな輪のついた隣の惑星がひとつ、太陽もひとつ。この数は決して変わらない。
そんなわけで、非合法なもんやってる暇あったら、合法で健康にもいい酒を飲めって話だ。
「よくわかんねえけど、薬なんてやめて酒でも飲めよ。1杯までならサービスしてやるから」
「それよ!」
あん? どれよ?
「なんでどいつもこいつも酒を飲むのよ!」
違法薬中少女が、首を絞められた鶏のように叫換を発した。

「あたしの最初の旦那はねえ、酷いアル中だったのよ。結婚生活はすぐに破綻、すぐに離婚したけど、あの馬鹿は娘が生まれてすぐに死んじゃったわ。あれは失敗だった、あの忌々しい屈辱的な日々は私の人生を蝕んだわ。それでも精一杯生きてるうちに、ある日ね、神様がこうおっしゃったの! カイオワに行け、我は汝のそばにいる! それはまさに天啓だったわ、神様はおっしゃったのよ! 石を握れ! 投げつけろ! カイオワに行って酒場を粉砕しろ! それからあたしは手に握るのを石から鉞に変えて、徹底的に酒場を叩き壊してやったわ、だって酒は悪なんだもの! だのに壊しても壊しても、奴らは酒を売るのをやめてくれない! どうしてよ!?」

妄想もここまでくると病気だな。こいつに必要なのは医者の出す薬か閉鎖病棟かもしれない。
きっと戦争のせいで頭がおかしくなったんだろう。わかるわかる、あんなもんに巻き込まれて、酒もなしに正気でいられる奴の方がどうかしてる。
「おまけに志半ばで死んだと思ったら、こんなとこに生まれ変わって、ようやく酒のない場所に来たと喜んだのも束の間、戦争が終わってこんな有り様! 飲んだくれ共は一体全体、何様のつもりよ!」
「そりゃーおめえ、お客様だろうよ」
「神様はあたしに今度こそ、この地球上から酒をなくせとおっしゃってるの! なのに親も貴族たちも、ちょっと1回や2回や10回くらい賠償金払わされたくらいで辞めちゃって! あたしなんて前世で30回以上逮捕されたのに!」
私のつっこみはハイウェイの落とし物のようにスルーして、引き続き妄想を撒き散らしている。
こういう手合いへの対応は基本的に医者に任せるべきだけど、私はこういう時の最善の答えを知ってる。
言うまでもない、酒だ。酒がすべてを解決してくれる。
「ほら、妄想ベイビー。まあ1杯飲めよ」
そう言ってスキットルを取り出して、蓋を開け、ワイルドチキンの前に突き出してやった。

繰り返すが世界は優しさで支えられている。その優しさがなにかと言われたら、酒としか答えようがないし、酒以外の答えはない。

「これ、酒じゃないの! あたしを馬鹿にしやがって!」
「してねえよ。それよりだ、チキンガール。酒飲んだことねえなんて人生損してるぞ」
スキットルを放り投げながらトサカまで沸騰させた茹でニワトリが、さらに声をしゃがれさせる。
「酒飲みはみんなそう言う! こんな旨いもの飲まないなんて、人生損してるって! 飲んだくれの言い訳だ、そんなもん!」
「違うよ。飲んだこともないのに無くすべき、なんて言ってるのが馬鹿だっつってんだよ。ほれ、飲んでみ?」

1度でも酒を飲んだことがあれば、酒をなくすべきなんて馬鹿なことは口に出来ない。
無知は罪だ、でも私は無知を馬鹿にしない。酒の良さを知らないのなら、飲ませればいいのだから。


▭…… ▯ ▯ ▯ ▯


「さあ、安いよ安いよー! 飲んだくれる金があるなら、こいつでまず頭をかち割って天国に行きなさい!」

最近は鶏やアラームの代わりに、ハチェットガールのしゃがれ声が目覚まし代わりだ。
なにを思ったのかあのドチビ、よりによってうちの店や近くの酒屋の前で土産物の鉞を売り始めて、相応の活動資金を得たら、くるりと右向け右して店を壊しにかかるという、マッチポンプというかセルフプロデュース的な破壊活動をおっぱじめたのだ。
おかげで店は毎日のように何処かぶっ壊されてるし、酒屋からはあんな物を売らせるなって私に苦情が来やがるのだ。

「では、今から飲んだくれの末路から皆さんを救います!」

わあーっと土産物を買った客から喚声が上がり、うちの店のドアに投げつけられた鉞がぶっ刺さる。
もうこんなのいつもの光景で日常茶飯事になっちゃってるんだけど、やっぱり店主としては呆れずに怒らないとならない。売られた喧嘩はしっかり買わないと、ただただ迷惑しか残らないのだ。
「おい、クソジャリバーサーカー! 毎日毎日いい加減にしろよ!」
私が怒鳴り声と一握りの塩を投げつけると、頭のおかしい鉞投擲機は手当たり次第に石球を投げ返して、
「そろそろ警察を呼ばれる時間だから、ちょっと先回りして自首してくるわ!」
などと一方的に終戦を宣言して、警察署の方向に走り去っていった。

「ピルスちゃん、今日も大騒ぎだったね。あ、ビールひとつ」
「ありゃーババアになるまで同じことしてると思うね。へい、生いっちょー、おまち!」

私は私で店内に散乱するガラス片や木片を蹴散らしながら、今日も今日とて朝から飲んだくれている愛すべきロクデナシ共に、キンキンに冷えたビールを注いでやるのだった。


(おしまい)


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小説です。
キャリー・ネイションが異世界転生したら面白いかなあと思って書いたら、まあなんか全体的に殺伐デストロイ、でもちょっとほのぼのとした感じになりました。

お酒は悪くないです。
お酒を飲んで駄目になる人が悪いのです。


ま、私は引き続きダイエット中につき禁酒継続中なんですけどもー! ですけどもー!!