【童話】つばき医院
PC内に眠っていたものを発掘しました。
少し前に「少女ツバキ」という短編小説を掲載しましたが、それを童話風にアレンジしたものです。当時(10年前くらい?)童話を目指したものをいくらか書いたんですが、今思うと中途半端だったんだろうなぁ……あんまり子供得意じゃないから、自分でも納得です。でもこれはなんか好きで残してましたよ。夏に向いてる話かと。
今週も仕事でいっぱいいっぱいでした~。早く休みになってほしい。
【つばき医院】
若先生は村でたった一人のお医者さんです。
若先生がいるのは、草木にうずもれたお化け屋敷みたいな小さな病院。
お化け屋敷みたいなところに住んでいても、よれよれの白衣をきていても、都会の学校から村に帰ってきた若先生は人気者。おじいちゃんおばあちゃんの自慢のたねです。
でも、この若先生、ちょっとかわったところがありました。
ものぐさなんです。
それに暑がりで寒がり。
ふつうのお医者さんが、ものぐさで暑がりで寒がりだったら、どうなるでしょう?
まず毎日病院がひらきません。暑い日や寒い日、お医者さんは外にも出ません。人と会うのがめんどうなら、診察だってあったりなかったり。たとえどんなにすごいお医者さんだったとしても、村一番のきらわれ者になっていたでしょう。
ところが、若先生のものぐさで暑がりで寒がりはちがいます。
若先生は「戸じまりするのがめんどうだ」と言っては、病院のドアをあけっぱなし。どんな時間にだれがやってきても診察をしました。また「計算がめんどうだ」と言っては、代金をもらわないことがよくありました。
もちろん「診察がめんどうだ」と言い出す日もあります。ただ、だれかがそばに寄れば「暑くるしい、早く帰ってくれ」と診察をはじめ、だれもいなくなると「寒い」と患者さんを探しにいくのです。
さて、この若先生の病院の前に、今日は女の子が立っています。
若先生がそうじをさぼったあげく、お化け屋敷の入り口みたいに草と木がぼうぼうになった玄関。そこに、白いワンピース姿で立っている女の子は、花のようにきれいな女の子でした。
女の子があんまりにもきれいなので、病院にきた人はみんな「あの子はだれだい?」と若先生にたずねます。
でも若先生は女の子を知りません。そもそも人が二人もいると「暑くるしい」と言っていやな顔をする若先生です、自分から女の子をよんでやろうとも思いませんでした。
それでも、夕方になってもまだ女の子が外にいるときくと、さすがにふしぎになりました。
病院のドアはあけっぱなし。若先生がねむっていようと、食事をしていようと、治療が必要になればみんなきます。
なのに女の子はこないのです。
最後の患者さんもいなくなりました。暑がりで寒がりな若先生は、やっと女の子をいれてあげる気になりました。
「用があるならはいってこい」
返事はありませんでしたが、間もなく病院のドアが開きます。
「何の用だ?」
女の子は何も言いません。ただ、そっと自分の足もとへと目を向けるのです。
若先生も目をやり、すぐに「あっ」と声をあげてしまいました。
女の子の足首から下が、ひどく黒い色をしているのです。ケガでしょうか。ぶつかった時にできるアザみたいでもあります。
「どうしてもっと早くこない!」
若先生は怒りながらも、女の子の足の骨が折れていないことを確かめ、大きな湿布をはってあげました。
「これで様子を見よう、何かあったらすぐにきなさい」
若先生が言うと、女の子は深くおじぎをしてかえっていきました。
翌日の病院は、村の人でいっぱいでした。みんなが女の子のことをたずねたがったせいです。
「あの子はだれだったの?」
「どこに住んでるって?」
「どんな病気だったの?」
若先生は「知るか」と一言、うわさ好きな人全員を追い出しました。
それから三日の間、夕方になると女の子は決まって病院にやってきました。
「足はいたまないか?」
「名前は?」
「どこに住んでるんだ?」
若先生は女の子にたずねます。けれど女の子は何も話しません。ただかなしそうに足もとを見ます。
若先生は、しかたなく湿布をはりかえてあげるのですが、女の子の足のアザは日に日に大きくなっていくようでした。
きっと湿布だけじゃだめなのです。
ちゃんと治療するには、せめてケガをした原因をつきとめなければなりません。
若先生はこまりきって、窓から女の子がかえるのを見ていました。
すると、ふしぎなことがおこりました。
病院を出て、玄関の前で立ちどまった女の子が、そのまま空気にとけたかのように消えてしまったのです。
若先生はおどろきました。
すぐに外に出てみたのですが、女の子はもういません。ただただ、しげった草木がざわざわと風にゆれているだけです。
女の子は人ではなかったのです。
若先生はますますこまりました。何度も言いますが、若先生はものぐさです。足がなおらなければ、人ではない女の子は毎日やってくるのでしょう。
それは大変めんどうくさい、と、若先生は思いました。
翌日の夕方、やっぱりやってきた女の子の足のアザは、昨日よりも大きくなっています。
「このケガは湿布じゃなおらない、湿布は人のケガにしかきかないんだ。おまえは人じゃないだろう?」
女の子はかなしげに若先生を見つめました。
そして、緑色の小さな実をさし出します。それは丸くてぷっくりとした、まだわかいわかい実です。くだものにも見えますが、食べたらすっぱそうです。
「これは何だ?」
女の子はこたえません。
たずねるのもめんどうになってきた若先生は、とうとう女の子をそこにおいて、村で一番もの知りなおばあさんの家にかけこみました。
「ばあさん、この実は何の実だ?」
顔を見るなりたずねた若先生に、もの知りおばあさんは「おやまぁ」とあきれましたが、若先生があいさつをものぐさすることは知っていましたので、すぐにおしえてあげました。
「そりゃツバキの実だよ、若先生」
ツバキと言ったら、花の名前ではありませんか。
「今は見ないが、むかしは病院の玄関先にもツバキが咲いていたねぇ。もしかして、その実は病院のツバキの実かい?」
実は、女の子からもらったのです。
若先生は病院にとんでかえりました。
そして、すっかり森のようになった草木をかきわけ、かきわけ、かきわけ。奥の日かげになった場所に、おばあさんが言ったとおり、ツバキの木を見つけました。
長くお日さまの光をあびていなかったせいか、ツバキの根っこは真っ黒になっています。
「湿布じゃなおらないはずだ」
女の子はツバキだったのです。
翌日は大そうじになりました。村の人たちも手伝ってくれたので、お化け屋敷みたいだった病院はたちまちきれいになり、ツバキの木にも光があたるようになりました。
しかし、一度黒くなってしまった根っこはもどりません。間もなくツバキは枯れてしまいます。
「あたらしく植えたらいいよ」
村の人は言います。ツバキは、種になる前の、実の間に土にうめるのだそうです。
若先生は、女の子にもらったツバキの実を、あたらしい場所にうめることにしました。そして何をものぐさしても、ツバキにだけは毎日かならず水をやろうと決めました。
その夕方、女の子は姿を見せませんでした。あたりはどんどん暗くなり、空はすっかりむらさき色です。
もうしわけない気持ちでいっぱいだった若先生は、ツバキの前に立っていました。
「……すまなかったな」
若先生が頭をさげた時でした。
ツバキの枝と葉っぱが、みるみるうちにあの女の子にかわっていくではありませんか。
いつもかなしげだった女の子は、今日はそっとわらっています。女の子の足はもう真っ黒でしたが、その両手には、真っ白でうつくしいツバキの花が一輪、大切にのせられていました。
若先生は、はじめて花を見た人のように見ほれました。白い花からは、決して声にはならない、やさしい気持ちがあふれてくるようでした。
でも、次に若先生が気づいた時、目の前にはだれもいませんでした。
若先生は夢を見ていたのでしょうか?
いいえ、きっとそうではないのです。
それから、たくさんの日がすぎました。
若先生は、あいかわらずものぐさで暑がりで寒がりです。
若先生の病院は、今では「つばき医院」とよばれています。毎年、真っ白なツバキの花が、それはそれはきれいに咲くからです。