始まり(ハンターハンター 二次創作)1話
1
風が吹いた。善紅寺の境内に桜がさらさらと舞っていた。その桜の下で、一人の少年が集中力を高めている。力強い空手の型が、静かな空気を切り裂いて行く。
赤星恭平(あかぼし きょうへい)15歳。黒いジャージを着て露出はないが、肩周りがしっかりとしているのは服の上からでも分かる。幼さは残るが目つきは鋭く、短髪に赤く染めた髪は攻撃的な印象を見るものに与える。額にはうっすらと汗が滲んでいた。
ガラッと戸が開く音がした。敷地内に立つ家屋から、作務衣を着た大柄の坊主がのそりと出てきた。湯座春樹(ゆざ はるき)40歳。身長185センチ。恰幅が良い。太っている印象は受けないが100キロはあるであろう。大きなあくびをした後、湯座春樹は赤星恭平に言った。
「朝飯、食ってくか?」
恭平は振り返った。
「今日はいい、腹減ってないんだ」
いくつか湯座と言葉を交わした後、桜の下に置いたスポーツバッグを拾い、マウンテンバイクに乗って学校へと走り出した。
すれ違うようにタクシーから降りてきた男がいる。山崎奏雨(やまざき かなめ)34歳。タイトなスーツを身に纏った短髪に長身の男だ。カツカツと革靴が音を立てる。桜が舞う中、境内を歩いて向かってくることに湯座が気づいた。
「おお」
湯座は声が漏れると同時に、ニヤリと笑った。
山崎 「久しぶり」
湯座 「上がってきな」
2
居間に座る二人。畳と線香の香りがする。障子を開けると桜が見えた。山崎が出されたお茶に口をつける。
湯座 「出所祝いだな。寿司でも取るか?」
山崎 「いいよ、めでたい気持ちでもないんだ」
湯座は仏壇に置かれたちチャッカマンを取るとセブンスターに火をつけた。同時に山崎が金のマルボロを出したのを見て、チャッカマンを山崎の前に置いた。山崎も煙草に火をつけた。
山崎 「さっきの、あのときの子供か?」
湯座 「ああ、早いもんだな10年か、、」
山崎 「親の記憶はあるのか?」
湯座 「多少な」
山崎 「あの目、、」
山崎は、すれ違う瞬間に見た、京平のギラつく目を思い出した。
山崎 「世の中恨んでるんだろうな」
灰皿に、煙草の灰が静かに落ちた。
湯座 「念能力者が増えてるんだ」
山崎は大きく煙を吸い込んだ。
湯座は続ける 「使いこなすヤツは少ないがな、覚醒だけしているヤツが出て来てるって話だ」
念能力とは自身のオーラを使い、様々な現象を起こすいわゆる超能力である。
覚醒とはオーラを知覚できる初歩の段階のことである。オーラが溢れ出る精孔が開いた状態であり、オーラが見えたり、通常以上にオーラが溢れ出たりはするが、それだけではオーラを使えているとは言わない。
山崎 「ドラゴンノートか」
湯座 「そうだな」
湯座 「あのときの被害者が今になって覚醒しだしている」
山崎 「覚醒だけなら大した問題じゃない、念について余計な知識や技術を教えるヤツが現れると厄介だな」
湯座 「それがな、、、」
湯座が横に置いてあったノートパソコンを取り出し、起動させた。
湯座 「念について言及しているサイトがある」
山崎 「本物か?」
念能力は秘匿事項とされており公で言及することを禁止とされている。しかし、マイナーな都市伝説程度の認識で知っている人間は一定数いる。ただ、そのほとんどが誤った認識やデマカセであり、正しい知識を発信しているサイトは今まで存在していなかった。
念能力を持っていることが世間に知られること、さらに広めようとすることは、どんな敵を作るかわからない、危険な行為であることを念能力者はわかっている。
湯座 「今年に入ってから念を使った犯罪者が2人逮捕された。2人に面識はなく、別々の事件で逮捕された。共通していたのは2人とも同じサイトに頻繁にアクセスしている履歴があったことだ。ちなみにそのサイトは当たり障りのないレベルで念について触れている」
山崎 「それじゃあ念の修得に至らないだろ」
湯座 「もしかしてと思って、一つ試してみたことがあるんだ」
山崎は顔をあげるとニヤニヤとした湯座の顔があった。相変わらず顔がでかい。
湯座 「ドラゴンノートの月の光を見てからそのサイトを開いてみた。俺は念に耐性があるから体調を崩したりはしないからな」
山崎 「そんで、なにが起きたんだ?」
湯座 「文字が浮かび上がって見えたよ『ヘブンに来い』ってな」
『ヘブン』と言う言葉を聞いて、山崎の表情が曇った。
湯座 「ドラゴンノートで覚醒した人間がヘブンに集まって来ている可能性がある。警察から捜査協力が来てるんだ。山崎、俺の代わりに行くか?」
山崎は沈黙した。
湯座 「すぐに返事しなくていい、、」
湯座が言いかけたとき、重ねるように山崎が答えた。
山崎 「行くよ。たぶん、一生行くことのない場所だ」
山崎は前にあるお茶をぐっと飲み干した。
山崎 「また詳細の連絡くれ。あと、預けてたものを、、、」
湯座 「ああ、取ってあるよ」
湯座は裏の蔵から小さなケースを取って来た。そして中を開けると布に包まれた何かを取り出した。山崎の前に布ごとそれを置く。ゴトンっと重く硬い音が鳴った。
山崎は指先で布を開いた。出て来たのは回転式拳銃(リボルバー)だった。
3
マウンテンバイクに乗った赤星恭平は黒いジャージにスポーツバックを背負い、道路脇を走っていた。高架下にある公園の脇を通り抜けようとしたとき、大きな声が聞こえた。
5人のガタイのいい学生が、1人のオタク系の学生を囲んでいるのが見えた。
恭平 (いじめか?悪趣味だな)
高校に入学したばかりの恭平は、集団の制服を見てすぐに自分と同じ学校だと気づいた。そして5人の方はボクシング部の三年生だと言うことにも気づいた。
入学してすぐに運動部からの勧誘が絶えなかった恭平は、格闘技部の三年生の顔を大体覚えている。
どちらにしても恭平は関わる気がなかった。いじめられる方にも問題がある。
しかし、すぐに様子が違うことに気がついた。
5人の中に、血を流し、うずくまっている人間が2人いる。怯えて許しを請うているのは5人の方だ。
オタク系の男は長い髪を振りかざし、息を荒げ、目が血走っていた。細い腕と小さな拳でボクシング部の三年生に殴りかかっていた。
そのパンチの打ち方はめちゃくちゃで、とても人を倒せるような代物ではなかったが、ボクシング部のガードをいとも簡単に吹き飛ばした。
パンチは腕でガードされたが、メキッとヤバい音がした。その学生は青ざめた表情で膝をついた。汗が一気に噴き出した。おそらく腕は折れている。
オタク系の学生の目は血走ったまま、興奮は止まりそうになかった。
恭平の目には、その学生の体の周りにキラキラと光る水蒸気が立ち昇っているのが見えていた。恭平はマウンテンバイクを駐め、その学生の肩を叩いた。
学生は、振り返ると同時に、奇声を上げながら京平を殴った。拳は京平の首に横から当たった。拳はべチンッと音を立てて止まった。
京平 「その力は、、制御できないなら使っちゃいけない」
その学生は、京平を殴ったと同時に白目を剥いて倒れた。気を失っていた。
京平 (オーラが噴き出したのを止めれなかったか。オーラが切れて気を失ったな)
京平は振り返り、怪我の浅い三年生に声をかけた。
京平 「おい、保健室運ぶの手伝え」
4
山崎はリボルバーを受け取り、スーツの下のホルダーにしまった。
湯座 「それとな、捕まった念能力者の1人が、、霧生と接触したらしい」
山崎の表情が変わる、睨むように湯座の目を見る。
湯座 「しかも、、霧生にドラゴンノートを渡したんだと」
黙って聞く山崎。緊張が走る。
霧生秀紀。15年前から存在する、猟奇的な犯罪者である。彼の犯罪は無差別的で、無慈悲なものが多く、まるで殺人を楽しんでいるかのようなその生き方は社会に衝撃を与えた。
事件が起こるたび、映画の悪役が現れたかのようにネットは湧き、模倣犯すら現れた。
そのカリスマ性から念能力者であろうと予想されていたが、当時彼を追っていた山崎は10年前、彼と対峙し、念能力者でないことを確認した。
山崎 「あれは、念を覚えてはいけない人間だ」
湯座 「10年前のあの事件以降、霧生は息を潜めている。ドラゴンノートを手に入れたのは5年前だそうだ。もしかしたら、、念を覚えているかもな。霧生の手がかりもヘブンにあるかもしれない」
山崎 「俺はもうサーカスをクビになっている。霧生を追う理由はないさ」
湯座は2本目の煙草に火をつけた。
湯座 「ひとつ、頼みがある。」
黙って聞く山崎。
山崎 「ヘブンに行くなら、京平を連れて行ってくれ」
ボウっとセブンスターの先が、赤く燃えた。
穏やかな立ち振る舞いの湯座の表情が強張った。湯座の目つきが鋭くなる。語気が自然と強くなる。
湯座 「霧生を追う理由、、、お前になくてもアイツにあるんだよ」
当然、その静かな怒りは、山崎に向けられたものではなく、霧生秀紀に対するものである。
しかし、冷静を保とうとしていた山崎にもその緊張感は派生する。山崎も同じように、自身のオーラがうねる感触を感じた。
それは、試合前のスポーツ選手が、落ち着くために身体を動かしたり、シャドーボクシングをするように自然と二人のオーラが動いた。
テーブルの上のガラスの灰皿に、パキンッとヒビが入った。
湯座 「あー、」慌てて気持ちを切り替える「買ったばっかなんだよ」
二人は顔を見合わせて、笑った。
湯座 「まだまだ未熟だな」
山崎 「お前も変わらないだろ」
湯座 「京平、頼んだぞ」
山崎 「死んでもいいか?」
湯座 「いいよ。アイツはそうゆう生き方だ」
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