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くれくれ星人でもいいじゃん、だって昔の私だもん。

私も、どうにかして、ピラミッドのトップに立ちたくて

どうやったら、みんなが言っている

「成功」の場所に辿り着けるか知りたくて

そりゃ〜もう、色んな人のセミナーに行って

たくさんたくさん、自分を着飾ることを身に纏い続けて来て

それでも、なんかうまく行っている気がしなくて

本当に、彷徨い続けたなぁ。

ラグジュアリーなホテルでのお茶会とかさ、行きまくったし

ステキなレストランのランチ会に、その時1番の服を着て参加して

名刺を交換しまくって、たくさんの人と出会いまくってみた。


そんな場所の人達にとっては「くれくれ星人」は悪だった。

むしろ、自分が尊敬する人に、どれだけ貢献したかで

その人は、見返りをくれるのだから

「その人が、何を欲しているのか?」

「何をしたら、その人の役に立てるのか?」

を必死に考えて

「そうやって、実行して相手の役に立つことをしていれば

その人から、重用されるようになるから。

そうなったら、売り上げが上がるよ。」なんて言われたこともある。

だからこそ、自分だけが欲するのは悪。

まずは、自分が何を差し出せるか?をどれだけ考えられるかが大事。

とかね。

でもね、必死にピラミッドの頂点にいる人のために

セミナー通いまくって、感想記事あげまくって

色んな人を誘いまくって、どれだけの貢献をしたとしても

まだ足りないのか、いつまで経っても成功には近づいていかないんだ。

必死に頑張っても、その頑張りが認められないのか

階段を一歩も登れてない気がするんだ。

あとから来た人達は、どんどん、目の前の階段登って行くのにね。

あそこにいる人達は、もっともっと、寝る間も惜しんで

貢献しまくっているのか。

もっともっと、私は努力が足りないし

子どもが居ても、一緒に過ごす時間より

ブログを更新する時間を優先してみたり色んなことをやってみた。

そうこうしているウチに

「誰かから、究極の技を教えて貰いたい。

これをすれば、絶対に大丈夫。ってことを教えて欲しい。」

って、心底思うようになるんですよね。

だって、頑張ってるのに、成功しないんだもん。

私は、あとは何をやっていないの?

何をどうすれば、あの人みたいに成功できるの?

何が足りないの?

ってさ。

も〜それはさ、人としてしょうがなくない?

とも思うのです。

その人なりに、必死に頑張ってるのにゴールが見えて来なくなったらさ

誰かに何かを教えてもらいたい。って思うよね?

答えが、目の前にきたらいいなぁ。って

卵から孵ったばっかりのヒナみたいに

「目の前にあるものが、答えだ!」

って全幅の信頼を置けるものが欲しいって思うよね?

だからさ、「くれくれ星人」っていう言葉を聞く度に

「私も、そうだもんなぁ。」って思ったし

「それだけ必死なんだもんなぁ。」って思ったし

「今は、しょうがないじゃない。」とも思ったりするんだなぁ。

だからね、私は、くれくれ星人って人達を邪険にはできないんだ。

だって、過去の自分ごと否定することになるから。

そういう時期なんだなぁ。って思うだけ。

現に、本当の自分の望み。自分の成功の言葉の定義とかさ

自分が求めているゴールがさ明確になるとさ

意外とさ「あれ?」ってなるんだよね〜。

(目指してるとこ、違うやないかい!ってね?)

こんな風に、子ども達と過ごす時間とか

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こんな風な親子の姿を見る時間とか

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こうやって、読んでる本にめちゃくちゃ感銘受けて

メモしまくってみたりとか?

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伝統的占星術を通して来てくれた人の生き生きしてる顔を見たり

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テントに入って、ほっぺが、ピンクになって

肩肘張ってた体と心が、すっかりゆるゆるになって

軽い足取りで帰っていく姿を見るとか

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そういうのが、そういう時間が、本当は、私が追い求めていたもので

ここ数年、追い求めていたことじゃなかったことに気づいたら

なんかね〜どうでもよくなった(笑)

いいよいいよ、くれくれでいいじゃん。あげられるものは、あげまくるよ。

それがもし、あなたの今の力になるのなら

私は、喜んで、力になろうと思う。

だって、私にも力になってくれた人がたくさんいるんだもん!

私も、あなたの力になりたい。

一緒に「くれくれでもいいじゃ〜ん!」って笑いながら、

自分のやりたいこと自分が心から楽しいって思えることを

一緒に探して、楽しめたらいいなぁ。って思うのです。

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