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「コンビニは何でもあるわけじゃないの」
駆け出しのライターとして出会ったメンバーたちが、毎回特定のテーマに沿って好きなように書いていく「日刊かきあつめ」です。
今回のテーマは「#私のキライな人」です。
21:50、駅前のコンビニまで自転車を走らせる。ここで夜勤のアルバイトを始めて1年半が過ぎた。
ターミナル駅から5駅離れたこの駅前は、ドラックストアとミスタードーナツがあるくらいで、終電を過ぎるとほとんど人通りもない。
このコンビニで夜勤のアルバイトを始めたのは、家から通える距離で、一番時給が高いアルバイトだったからだ。
「おはようござーす」
「あ、おはようー」
1畳もない狭い事務所に入ると、同じく夜勤で入っているユキコさんが、既に制服に着替えて煙草を吸っている。
夜中のに交わす朝の挨拶と、部屋中に充満するメビウスの煙にも慣れた。
彼女は僕よりも10歳以上も年上で、昼間も仕事をして、普段はそのあとにスナックで働いていた。
店長と知り合いらしく、スナックが休みの日は、コンビニの夜勤に入れてもらっていた。
メビウスの先を灰皿に押し付けながら、ユキコさんが声をかけてきた。
「そういえば、アオサってあったけ?」
「アオサ…ないんじゃないですか。青のりとかワカメじゃ駄目なんですか?」
「なんか昨日の夜中に来たお客さんがさ、「アオサ置いてないの?!」とか言ってきて」
「一緒に探したんだけどやっぱりなくて。結局、何も買わずに帰っちゃて。」
「夜中になんでアオサ必要だったんですかね。そういえばこの間、「一番くじ無いんですか!」って謎に怒ってるお兄さんいました」
「あー、確かすぐ売り切れちゃったんだよね。見て分かんだろ、って思うけど言えないよねー」
そんな話をしているうちに22時になり、夕勤の子たちと替わった。
コンビニ夜勤の前半は、意外と仕事がたくさんある。
在庫の品出しをしながら、レジ対応をしつつ、納品されてきた商品を検品しながらバックヤードに詰める。
駅前のコンビニだけあって、電車が駅に着くタイミングで、ドッとお客さんが入ってくる。
いつも役割を決めていて、ユキコさんがレジ対応をして、その間に僕が品出しと検品する。
レジが並んだらベルを鳴らせば、バックヤードにいる僕にも聞こえる。
商品を外に出そうとバックヤードから出ると、レジには長蛇の列が。
あれ、いつもならもっと早いタイミングでユキコさんがベルを鳴らしてくれるのに、とレジを見てもユキコさんの姿がない。
慌てて僕がレジに入ると、列の脇の商品棚の前でかがみこむユキコさんがいた。
とりあえず、早く帰りたくてイライラしている長い列を捌く。
店内からイライラしている人たちを一掃したところで、「ごめーん」とユキコさんが戻ってきた。
「ごめん、なんか酔っぱらった客がさ「オイスターソース無いですか?前ありましたよね?」と騒ぎだすから、レジ抜けざるを得なくてさ。結局なかったんだけどね」
「え、今までもないですよね…?お客さんの思い込みじゃないですかね」
前半の仕事があらかた片付くと、終電も終わった時間になって、ここからは事務所でダラダラと過ごす時間が増える。
メビウスを吹かすユキコさんの隣で、僕は紙パックのリプトンレモンティーにストローを指して啜る。
「なんかさ・・・」
ユキコさんがいつものトーンで話始める。
タバコを吸って、さっきの酔っ払い客のイライラが収まってきたようだ。
「みんなコンビニに期待しすぎ。コンビニには何でもあるわけじゃないの。大抵のものがあるだけなの。それなのに、なぜかあると思い込んで、無ければ無いで、不機嫌になって帰る」
「なんか自分勝手ですね。自分のせいで損してるだけで」
「そうそう。でもこれ、人付き合いにも言えるのよ。相手に期待しすぎると、もしその期待に相手がそぐわなかったら、自分で勝手に相手のことを嫌いになってたりするの」
「あ、分かる気がします。大学の授業で、楽に単位が取れるって聞いてたから選んだのに、全然聞いていた話と違くて、その教授のこと嫌いになりましたもん」
「相手は何も変わってないのにね。期待はしない、させない」
「いつだって先入観を持たずに、自分の目で耳で、相手のことを理解しようとすることが大切だから」
それからずっと僕は、大学の教授以降、嫌いな人がない。おかげで人付き合いも良好な方だと思う。
当時のことを思い出したのは大好きな映画監督である三木聡の最新作『コンビニエンス・ストーリー』を観たからだ。
好きな監督の映画となると期待をしてしまう。
期待を下回る可能性も十分にある。そうなった時に、好きな人を嫌いになってしまうのは、やっぱり違うと思う。
最初から嫌いなんてことはなく、嫌いになるその少し前に期待がある。
その期待とうまく付き合っていければ、嫌いなんてことはなくなるの、かも。
「何でもあるわけじゃないの、大抵のものがあるだけ」
文章:真央
編集:アカ ヨシロウ