言いたいことは言葉に出来なくて
初めて買ったCDはFLOWの『贈る言葉』だった。海援隊の名曲を、ロック調にカバーしたものだ。
何故買ったのかというと、小学校の給食の時間に流したかったからだ。
うちの小学校は給食の時間に、放送委員が選んだ曲を全校に流す決まりがあった。放送室にない曲をリクエストしたい場合には、委員会の子にCDを渡すことでかけてくれた。
クラスの仲良い友人と「『贈る言葉』が名曲!」と盛り上がっていた当時、僕らは間もなく卒業を控えた小学6年生。卒業したら遠くの中学校に行ってしまう友人もいたので、卒業前にこの曲を給食の時間に流そう、ということになりCDを買ったのだった。
さよならだけでは さびしすぎるから
愛するあなたへ 贈る言葉
改めて歌詞を見ると「卒業のお別れ曲というよりは、恋のお別れ曲では?」と思うのだが、当時は好きの区別もろくについていない子供だったので、歌詞の意味を深く考えていなかったと思う。ただ単に、卒業を控えた友達のためにこの曲を流したのだった。
直接言えば良いことも、いざとなると上手く言葉に出来なかったりする。卒業のお別れも、わざわざ友人に言うのには少し恥ずかしい。でも伝えたい。その結果、「『贈る言葉』を給食の時間に流す」ということで落ち着いたのであった。
言いたいことが上手く言葉にできないのは子供だったから、と思ったけど、大人になった今でもそういう時がある。聞いてること、見てること、考えてることはもっと沢山あるのに、なぜか自分の気持ちを上手く言葉には出来ない。
そんな僕のような不器用な男が、人生の悲劇に巻き込まれる話が現在ユーロスペースで絶賛公開中の『生きちゃった』である。
高校時代からいつも一緒だった、厚久と武田。そして奈津美。大人になって厚久と奈津美は結婚し、5歳の娘がいる。厚久と武田は変わらず親友で、一緒に起業するための勉強に励んでいる。特別貧乏でも金持ちでもなく、それなりの生活を送っている。
だがある日、厚久が会社を早退して家に帰ると、奈津美が見知らぬ男と肌を重ねているのを目撃する。その日を境に、3人の関係が動き出す・・・という物語だ。
なぜずっと一緒だった彼らの関係が、少しずつ壊れていってしまったのか。それは彼らのせいではなく、ただ単純に「想いを言葉にして伝える難しさ」に凝縮されていると思う。
奈津美の不倫現場を見ても、奈津美に不満をぶちまけられても、別れを切り出されても、厚久は自分の気持ちを言葉に出来なかった。武田に奈津美との一件を尋ねられ、厚久は「心の中では泣いてるよ。何でだろう。声が出ないんだ」と漏らす。
厚久ほどは不器用ではないとしても、決して人ごととは思えない。思っていることを相手に正確に伝えるのは難しいと分かるから。
もしあの時こう言っていたら、もし自分の気持ちが正確に伝わっていたら。彼らの人生は、幸せに満ちていただろう。
だからこそ自分の言葉に頼るだけではなく、音楽や映画、その他多くのモノの力を借りて、想いを伝える方法は覚えておくべきだと思う。この映画を観て、そんなことを考えた。
とは言え、いざ実践するのは難しい。モノで想いを伝える側も、受け取る側も、共通の認識がないと伝わらないから。
そういえば、『贈る言葉』のCDが発売されることを教えてくれて、買うきっかけをくれたあの子。
僕にだけCDの話をしてくれたのは、もしかして。
編集:べみん
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