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『BLUE/ブルー』イイ奴ほど嘘をついている
人は多かれ少なかれ嘘をついて生きている。
悪気がある嘘もあれば、良かれと思ってつく嘘もある。我々は子供の頃から「嘘はいけないこと」と教わっているにもかかわらず、嘘をついたことが一回もない人はいないと思う。
では、一番嘘をついている相手は誰だろうか。
家族や親しい人ほど話す回数は多いし、些細なことも含めると嘘をついている回数が多いような気もする。しかしそれ以上に話す回数が多く、嘘をついている回数も多いであろう相手がいる。
それは自分だ。
人間は外に発信する言葉よりも、自分に向けた「内なる言葉」を一番発していると言われる。言葉を発している回数が多ければ、自然と嘘の数も増えているだろう。
やりたいのにやりたい気持ちを抑え込んだり、会いたいのに会いたくないと我慢したり、好きなのに好きでないと自分に言い聞かせたり……。例を挙げたらキリがない。
自分に嘘をついている回数=我慢している回数とも言えるかもしれない。
自分にたくさん嘘をつき、たった一つだけ嘘をつかなかった男の話しが『BLUE/ブルー』である。
(以下ネタバレを含みます)
その男・瓜田はおっとりしていて、優しく誠実で、欲もなく質素に暮らす青年。ただ誰よりもボクシングを愛している。基本に忠実で、自分の練習時間を割いて人に教えるのもいとわない。誰よりも早くジムに来て、おば様たちのボクササイズの面倒も見ている。
しかしそのボクシング愛とは裏腹に、どれだけ努力しても全く勝てない。自分がボクシングに誘った後輩・小川は日本チャンピオン目前、瓜田の幼馴染の千佳との結婚も控えていた。
周囲の人間から見れば、瓜田は間違いなくイイ奴だ。しかし映画が進むにつれ、瓜田はとんでもない嘘つきだということが分かってくる。
瓜田はずっと負けが続き「青コーナー(チャンピオンが赤で、挑戦者が青)がお似合いだ」と後輩にも言われ、それでも人前では平気なフリをしている。
後輩で入ってきたのに才能に溢れている小川に嫉妬していたことを最後まで隠している。
ボクシングを勧めてくれた幼馴染の千佳のことが本当はずっと好きなのに、言わずに小川との関係をも見守っている。
脳に腫瘍が見つかってボクシングは難しいと医者に止められてもつづけようとする小川が、心配なのに「日本タイトル直前で止められるわけない」と言う。
瓜田は自分に嘘をつき続けていた。そのことに気づくと、多くの人は彼を哀れに思うかもしれない。つまらない人生だと片付けるかもしれない。
しかし、瓜田は自分に嘘をつく才能に溢れている、とも取れないだろうか。たいていの場合はどこかで折り合いをつける。ここは自分に嘘をつかなくて良い時だと、正直に言った方が良いのではないかと。
瓜田がその才能に気づいていたかどうかは分からない。だけども彼にはボクシングしかなく、勝ち負け以上にボクシング自体が彼の人生だった。だから彼は「ボクシングが好き」ということ以外すべて嘘をつけたのだと思う。
世の中には自分に嘘をつかない生き方を勧める話に溢れている。たまには、最後まで嘘をつき続け、青コーナーに立ち続けた瓜田の生き方を観てみるのも良い。
文:真央
編集:アカ ヨシロウ
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